« 洗濯機を回すとは | トップページ | 怒りを手放すの巻2 »

2004年12月 1日 (水)

怒りを手放す

例の年上の同僚。
近ごろは朝も更衣室からまっすぐ現場へ行っちゃうし、昼もわが部署に寄りつかない。お昼ご飯は職場から支給されているんだけど、まったく手をつけず。無断で外出してどこかでお昼ご飯を食べている様子。うちの職場、別に外出禁止じゃないんだからひと言断ってくれれば良いんだけど、自発的なコミュニケーションはいっさい拒否している。給食を食べないのなら「外食するからストップしてください」とひとこと言えばいいのに言わないもんだから、彼の分の給食は毎日毎日まるまる無駄になっている。給食担当の人も明らかに傷ついている。ブゼンとしている。怒っている。そりゃそうだよね、自分たちの作った給食を、ある特定人物がまいにちまいにち、まったく手をつけないで捨ててるんだから。彼は昼2時過ぎごろにそおーっと部署に戻ってきて、給食を下膳するのを見かけるときもある。ぼくがたまたまいることに気がつくと、憮然とした表情で、ものすごく乱暴に、割れんばかりの勢いでたたきつけるように下膳する。その音を聞くだけで体中がこわばる。おっかない。こわい。いったい何が気に入らないんだか。

で、それはともかく。
毎年この季節、頭痛の種が突き刺さっている。年末年始の宿直のシフト組みだ。外部のひとに頼んでもいるんだけど、それだけでは宿直が回らない。どうしたって社内の人間もシフトに入らないといけない。できれば平等に組みたい。ふだんいっさいのコミュニケーションを拒絶してる彼にも、月々の待ち番に加えて年末年始の宿直を頼まないといけない。
ゆううつなり・・・。
オマケに今回の年末年始は、1月1日の夕方から4日の朝までまるっきり宿直・日直が埋まっていない。トップはいつも「わたしもやりますよ」と言ってくださるんだけど、じっさいには多忙すぎてムリ。ぼくと彼、そしてもうひとり女性の同僚で何とかするしかない。女性の同僚はふだんからお子さんの病気だので休みがち、とても年末年始の仕事は頼めない。うう、やはり彼に頼むしかないか。
彼は気配を察したか、ふだんにもましてまったく部署に顔を出さず。昼休み、現場に電話しても捕まらない。いそうなところに電話しまくるが、どこにもいない。社内にいるのかどうかも分からない。誰にも自分の居場所を伝えていない。この時点ですでに社会人失格だと激しく思うが気持ちを押し隠し、現場の担当者に「彼を見つけたら折り返し電話が欲しい」と伝言を頼む。数十分後、彼から電話がかかってきた。同じ部署の人間同士が電話でしか連絡が取れないというのもどうかと思うがそれはともかく。年末年始のご都合はいかがですか。あちこち声をかけているのですがなかなかうまくいかなくて。できれば宿直も少し担当していただけると助かるのですが。そう丁重にお願いする。

「ムリ」

ひとことで電話は切れた。
・・・。
・・・・。
このやろう・・・・。
彼がやらないと言うことは、ぼくが1月1日の夕方から宿直に入り、そのまま1月4日の朝までずーっと職場にいることになる。そして4日は朝から社内一斉に通常勤務だ。
ムリ。そのひとことで、他人に超超過勤務を押しつけておいて自分はしっかり年末休暇を取るわけだ。
入道雲のようにもくもくと怒りがこみ上げてくる。
コイツ・・・うちのギョーカイじゃなかったら、いやたとえこのギョーカイでもよその社だったら、トップや所属長から怒鳴りつけられているだろう・・・。いっかいガツンと言ってやろうか・・・。

神さま。
このひとはぼくと同じように、霊的に病んでいるのです。
ぼくと同じように。ぼくと同じように。
どうしたらこの人の力になれるでしょうか。
どうかぼくを怒りから解放してください。

ひたすらこのフレーズを頭の中で反芻する。仕事どころじゃない。怒りに目がくらみそう。電話をかけ直してケンカを売ってしまいそう。目の前に、彼を部署の椅子に突き飛ばしてばかでかい声でののしっている自分が見える。すぐ近いところに。手を伸ばせば自分の背中に手が触れそうなほど。いかんいかん。
彼は、霊的に病んでいるのだ。頭も良く、不幸な家庭に生まれたわけでもなく、精神を病んでいるのでもない。にも関わらず彼は、まさに「霊的に病んでいる」としか言いようがない。そして、霊的に病んでいると言えば、かつての自分ほど霊的に病んでいる人間もいなかった。アルコールの海の中で、仕事に対する責任を完全に放棄していた。ドタキャン、無断欠勤は当たり前だった。ぼくには憤る資格はない。彼の怒りに対して怒りで、拒絶に対して拒絶で、傲慢に対して傲慢で対決しても、きっと何も生まれない。AA(Alcoholics Anonymous)のやり方を使うんだ。彼を理解しよう、少なくともそう言う努力を望もう。彼の力になれるように自分を持って行こう。怒りを手放すんだ、怒りから解放してもらえるよう、自分がそうなれるよう、祈ろう。

はたから見れば珍妙だったろうね。
電話を切るなり、眉間にしわを寄せてぶつぶつ何かつぶやいているんだから。でもぼくは、そのときどうしてもそう言った考えを急いでまとめる必要があったんだ。さもなくば、彼のところに飛んでいって、なんのためらいもなくケンカを売っていただろう。
結局、何とか気持ちが落ち着いてきたのは夜の8時を過ぎてからだった。ま、正月休みがなくなるのは仕方があるまい。怒りをむき出してトラブルにならなかったことに満足しよう。

そうしたら。
いつも宿直をお願いしている外部の人からメールが来ていた。ぼくからのメールを見落としていた、年末年始、一部なら担当可能だ、と。
へなへなへな・・・。ぶっ続け超超過勤務は免れた・・・。しかしきょういちにちの怒りはなんだったんだ・・・。きっとこれも、神さまの采配なのでしょう。やれやれ。
それにしても、怒りを手放すってむずかしいですね。AAのプログラムを完全に実行できたひとはいないって言うけれど、怒りを手放すことなんてほんとうにできるのかなー。
でも。できるできないの問題じゃないよね。自分がそうありたいと望み、そのように行動すること。それが大事なんだって、AAのプログラムは言っているんだ。
怒りを手放せるよう、祈り続けよう。

|

« 洗濯機を回すとは | トップページ | 怒りを手放すの巻2 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/35048/2125683

この記事へのトラックバック一覧です: 怒りを手放す:

« 洗濯機を回すとは | トップページ | 怒りを手放すの巻2 »