久しぶりのミーティング
久しぶりにミーティングに出た。
AA(Alcoholics Anonymous)ミーティング。
先週の土曜、自分のバースデイミーティングに出たのが最後だった。6日ぶりだ。5日間のインターバルが「ひさしぶり」に当たるのかどうかは自分でもよく分からない。でもここ数日、ミーティングに飢えていたのは確かだ。引っ越し作業をしながら、仕事に追われながら、ああ、ミーティング行きたいなとずっと思っていた。ミーティングに行きたい。ミーティングに行きたい。仕事の帰り道、雨に濡れた国道をクルマで走りながら、信号待ちでコンビニの看板の灯りをぼんやり見つめながら。ずっと頭の片隅に引っかかっていた。「飢え」というと大げさだけど、漠然としたイライラは消えなかった。頭が重たい感じは確かに続いていた。
まるで食欲のない動物園のサルみたいに。
うつ病にかかったとおぼしきサルを見たことがある。じっと岩場の片隅に座り込み、ぴくりとも動かなかった。じっと岩場のくぼみを見つめてそこにある何かを探していた。
岩のくぼみに落っことした、失われた人生。失われた時間。
ぼくが酒を飲まないで生きてきた期間は3年を超えた。それでもAA(Alcoholics Anonymous)を必要としていることには変わりない。いや、飲まないで生きる時間が長くなればなるほど、酒瓶を手放して生きる時間が延びれば延びるほど、ますますAAを必要としている。
AAにつながったばかりのころ、何かに突き動かされるようにミーティングに通っていた。いまよりも仕事は少なかったから時間が取れたと言うこともあるが、何よりもAAミーティングに行かないと自分がどこかへ吹き飛ばされてしまいそうな不安があった。仕事でミーティングに行けなくなると、その仕事を呪った。ミーティングを阻むだれか(誰だろう?)を強く呪った。もちろんそんな考え方はAAがガイドする生き方とは正反対だったが、当時はそんなことは思いもしなかった。とにかくミーティングに出席することが自分の至上課題だった。ミーティングに出て何を得るのかなどとは考えなかった。
焦り。不安。
ミーティングに行けば行くほど、「休んだら飲んだと思われるんじゃないか」という不安が強くなった。じっさい、日参していた仲間が2,3日顔を見せないと「飲んだんじゃないだろうか」という考えが頭をかすめた。自分がそんな風に思われるのはたまらなかった。だからミーティングに、とにもかくにも通い続けた。歯を食いしばるかのように、急かされるように。
通うこと自体が目的じゃない。そこから何を得て、どう生きるか。それが問題だ。
そう気がついたのは、ずっとずっと後になってからだった。
スポンサーには毎日メールを書いた。日報のようなものだ。自分が飲まないで生きていると言うことを、誰かに、たよりになるAAメンバーに伝えたかった。そうせずにはいられなかった。決して楽しい内容のメールばかりではなかったように思う。まいにちまいにち、日々の出来事や飲まないで生きていることをつぎつぎと書いては送った。マイスポンサー、あのころはごめんなさいでした。
いろんなことがあって(何度も飲んじゃったこととかね)、月日が経ち、いつの間にか張りつめた気持ちがほどけていった。飲まない生き方を少しずつ楽しめるようになっていった。強迫的な気持ちでミーティングに通うこともなくなっていった。
それでも時には、そのころの何ともいえない不安や落ち着かない気持ちが戻ってくるときがある。引っ越しに疲れたとき。年上の同僚に仕事を頼んで拒絶的な返事を返されたとき。いや、たとえ何もかもうまく行っていても、彼女といっしょに過ごしていても、ふと不安で落ち着かない気持ちになるときがある。それがなぜなのかは分からない。けどそれは、以前ならまず間違いなく酒に手を出していた感情だ。
雨の夜、窓の外を見る。窓に張り付いている、彗星のような細長い雨粒を見つめる。その向こうを過ぎ去る、ゆがんだヘッドライトの光を見つめる。点滅する信号の灯りを見つめる。AAの仲間のことを考える。いまも変わらず足を運び続けている仲間、もう来なくなってしまった仲間、風の便りで命を落としたという仲間、まだ会ってない仲間、もう会えない仲間、その他いろんなこと。
良くない兆候だ。雨の日は暗い考えばかりだ。
雨に濡れた街を抜けて、ぼくは会場にクルマを走らせる。ミーティングに向かう。真っ暗な門を通り、つぶれかけたような教会の引き戸を開ける。カビくさい小部屋。ずっと前からAAがミーティングを開き続けてきたのは、きっとこんな場所だったんだろう。
仲間の顔を見たときのホッとする感覚は、以前もいまも変わらない。
ぼくはアルコール依存症だ。そしてAAメンバーだ。それで良いと思う。
小声であいさつをして、空いている椅子を探す。となりの仲間と小声で冗談を交わす。
頭の重たい感じは、いつの間にか消えている。
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