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2004年11月13日 (土)

ハッピーバースデイ・フォー・ミー

引っ越しだのなんだのとばたばたしていたら、いつの間にかマイバースデイがやってきた。
バースデイ。
AA(Alcoholics Anonymous)で使われるバースデイの意味は「飲まないで過ごした年数」のことだ。
ぼくの最後の酒は平成13年の11月の最初だった。だから今年の11月はぼくの3年のバースデイだ。
不思議なのは「バースデイ」と言いながらもあんまり日にちは重要視されないこと。
ぼくも「バースデイは?」とたずねられれば「11月」と答えるが、11月の何日かまでは誰も問題にしない。んだったら「バースデイ」じゃなくて「バースマンス」だと思うんだけど・・・。
なんてへりくつはともかく。
飲まなくなって3年の月日が経った。きょうはそのお祝いのミーティングだ。
バースデイミーティングはふだんのミーティングとちょっとだけ雰囲気がちがう。祝祭ムード、お祭り気分。ハッピーバースデイの歌を歌う。グループが用意してくれたケーキを切り分け、参加者全員で食べる。お酒の要らない、そうだね、小学校の時の仲の良い友だち同士のちょっとあらたまった誕生会みたいな雰囲気だ。
はじめてバースデイミーティングに参加したときは、「げっ、いい歳したオトナがお誕生会かよ」とも思った。いい大人が幼稚なことをしている、しみったれた集まり。けど、いまはそうは思わない。
これはぼくたちにとって真剣なセレモニーなんだ。
ぼくは、ぼくたちはアルコール依存症だ。
まぎれもなく死ぬ病気だ。それも、周りの人たちを傷つけて、自分と周囲を台風のごとくにめちゃめちゃにして死んでいく病気だ。ぼくたちは飲み続けて死ぬか、すべてを手放してAAのやり方に身を任せるかのどちらかを選ばなくてはならなかった。別れた奥さんや実家の両親、職場の同僚。ぼくの飲酒を何とかしようとした人たち。でもすべてを失いかけたとき、ぼくはとても静かな場所にいた。よけいな音は何も聞こえてこなかった。雑音のない場所で、ぼくは地獄への片道切符を握りしめて飲み続けるか、酒をやめなければいけないか、どちらかしかないことを知った。生きていたくなんてない、死んでしまいたい。いつもそう思っていた。が、このまま酒浸りで死ぬのはイヤだ。いまはまだ死にたくない。
いや、正直に話そう。
仕事を失いたくなかった。職場の先輩たちに「酒で仕事を続けられなくなった」と噂されたくなかった。連続飲酒のあとのどうしようもない身体のつらさを味わいたくなかった。そもそもクリニックを受診したときは両親と年上の彼女に付き添われて、まったく選択の余地がなかった。
それでも、ごたごたの日々のつかの間の静寂の中で、ぼくははじめて自分をどうにかしなくちゃいけないと思った。
いまここで。

バースデイ。飲まない日々と成長を祝うセレモニー。
でもそれと同時に、これはアルコール依存症から生き延びた日々のお祝いだ。生き残りのお祝い。飲んで死んだ話は枚挙にいとまがない。統計を持ち出すまでもなく、この病気の回復率は極端に低い。飲んで死ぬか、入院と退院を繰り返しながら緩慢に死んでいくか。ぼくはまだ死にたくない。飲んで失ったものをできる限り取り返したい。できれば時間さえ。回復して、良い生き方をしたい。仲間とつながっていたい。誰かの役に立ちたい。もっともっといろんなことを感じたい。笑いたい。感動したい。生き生きと生きていたい。仲間と、スポンサーと、彼女と、わずかに残った友人と、同僚と、両親と、まだ見ぬ見捨てられたアルコホーリクスたちと、世間一般のあらゆるひとたちと。その気持ちは日に日に増していく。強くなっていく。

3年の生き残りおめでとう。
ぼくたちはまだ生きている。

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