飲酒する夢
夢から醒めたときに一瞬、夢の中なのか現実なのか分からなくなるときがある。
暗闇の中で突然覚醒する。真っ暗な部屋の中、ベッドに寝ている自分を見つける。窓の外はまだ暗い。枕元の時計を見ると、まだ5時前だ。あれは、夢だったんだ。ホッとすると同時に、夢の恐ろしさがまだ抜けきれず、つい今し方の恐怖がよみがえってくる。
夢と現実の違うところは、夢は何度でも繰り返すという点だ。
悪夢は、同じ場面を何度も繰り返す。しつこく、何度でも。そしてそのたびに同じ恐怖を味わう。でもそれ以外は現実も夢もあまり大差はないように思える。つじつまが合っていない点も。あとで思い返すとディテールが思い出せない点も。自分の意志とはおよそ反対の結末になることも。
悪夢の中で恐怖を味わっているとき、それはまさに現実そのものだ。
ゆうべもまた酒を飲む夢を見た。近ごろ頻度が多くなっている。
今度はビールを飲んでいる。知り合いといっしょの酒席だ。知り合いが誰かは分からない。彼に勧められるまま、ビールがグラスにつがれる。ぼくは断るが彼は意に介さず、笑いながらぼくにそのビールを勧める。たかがビールじゃないか。いっぱいだけつきあいなよ。せっかくだからさ。一杯だけ飲んでやめればいいじゃない。子どもだって飲めるよ。そうだね。じゃあいっぱいだけ。そう応えてぼくはグラスを手に取る。グラスはよく冷えている。グラスを口元に持ってくるとはじけたあわつぶが顔に当たる。ビールのにおいがよく分かる。ぼくは少しだけためらう。アルコールを飲むと言うことは、またあのアル中のひどい暮らしに戻ってしまうことになるんじゃないのか。また仕事を休んで連続飲酒に突入しちゃうんじゃないか。気がついたらあっと言う間に日にちが経ってあのひどい連続飲酒明けの離脱症状が始まるんじゃないのか。
でもその考えは、ちょっと頭をかすめただけだ。どこにも赤信号なんてない。警報機なんて鳴らない。耳を澄ますと落ち着いたカクテルミュージックがうっすらと流れているのが聞こえる。知り合いはにっこり笑ってこちらを見ている。ビールのにおい。泡のたてる小さな音。どこにでもある安全で暖かい光景だ。危険のにおいなんてどこにもない。
ぼくはためらわずにグラスの中身をのどに注ぎ込む。四分の三ほどを一気に飲む。何も起こらない。とくにうまいわけでも不味いわけでもない。ただビールの味がする。ふつうのビールのふつうの味がする。それだけだ。最初の一口が胃に落ち着くのを待って、ぼくは残りを一息に飲む。今度は最初よりもビールのにおいが鮮明に分かる。ビールの味。ビールのにおい。知り合いは当然のように空のグラスにビールを注ぐ。ぼくは軽くうなずいてグラスに手を添える。またそれを口に運ぶ。
場面が変わる。ぼくは軽い二日酔いで寝ている。いつのまに帰ってきたのか覚えていない。誰とどういう席で飲んだのかもおぼろげで分からない。ただ紛れもない二日酔いの感覚と、口の中にはまだ酒が残っている。飲んでしまった。どうしよう。後悔と言い訳が同時に頭をよぎる。ビールをほんの一杯飲んだだけだ。いまはまだ酒のにおいが残っているけど、明日になれば誰にもわかりゃしない。このまましらばっくれて、2,3日したらミーティングに行こうか。もうすぐバースデイだ。わざわざ自分のバースデイを馬鹿正直にふいにすることもない。同時に、自分がそう言う考え方をすることに対する嫌悪感もわき上がってくる。飲んだことを隠す。そう言う不正直さを手放すことをぼくは学んだんじゃなかったっけ。バースデイをふいにするのが惜しい。自分のいままでの飲まない生き方を積み重ねた年月、それを失うのが惜しい。ちょっと一杯飲んだだけだ。誰も知らない。自分から話さない限り誰にも分からない。やっぱり黙っていよう。でも。これから先、自分は不正直さの上にソブラエティを重ねていくんだろうか。ウソの上に積み上げた飲まない生き方の年月なんて、こっけいなだけだ。やっぱり早くAA(Alcoholics Anonymous)のミーティングに行ってすべて正直に話そう。でも・・・・。
目が覚める。まだ暗い晩秋の早朝。ひどく寒い。
夢だったこと、飲んでいなかったことに気づく。口では言えないくらい、ホッとした気持ちになる。同時に、夢の中の自分がうんざりするほど卑しい考え方をしていたことを思い出す。飲んだこと自体は夢の中だったけど、その後に考えたこと(それもつい数秒前だ)は紛れもなく自分自身の脳みそが考えたことだ。
ふぅ。
あと1時間もすれば夜が明ける。
あと1時間、たった1時間。わずかでも睡眠を取ろうと、ぼくはまた布団をかぶる。
願わくば夢など見ませんように。
こういう夢を見るときは、決まって不安定なときだ。孤独感。満たされなさ。傷つけられた感じ。傷つけられ、ひどくプライドを損なわれた感じ。
あすはホームグループのミーティングにかならず出ようと思う。この不安定な感情を手放すことができるよう、祈ろうと思う。
夜明けまでの1時間。
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