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2004年10月 1日 (金)

ハッピーバースデイ

9月末から10月初めまで、仲間のバースデイラッシュだ。
バースデイというのは、仲間がAA(Alcoholics Anonymous)につながって飲まない期間を過ごすようになってからの1年ごとのお祝い。「AAにつながって」というのがミソで、たとえば「自分ひとりでガマンして3年酒を止めていたのちにAAに来た」という人も、AAに来て1年たったら1年のバースデイ。きのうまでお酒を飲んでいたけれどAAにやってきてそれ以来飲んでいないという人でも、AAに来てから1年で1年のバースデイ。もちろんバースデイが来るまでにお酒を飲んじゃえば、リセットになる。
ちなみに初めてミーティングに来た人は「ワンデイ」という緑色のメダルをもらえる。今日一日飲まないで過ごしたことへの、AAからのささやかなプレゼントだ。一ヶ月目で一ヶ月のメダル。これは赤い色。その後、三ヶ月、6ヶ月、9ヶ月のメダルがもらえる。1年以降は毎年一個ずつメダルが授与される。
メダルと言ってもオリンピックの金メダルみたいな仰々しいものではなく、ちっぽけなコインサイズのメダルだ。ちょうど500円玉くらいの大きさ。6ヶ月まではプラスチックで、9ヶ月目以降からは金属製のメダルになる。金属製のメダルがもらえるようになると、いよいよ自分も飲まないで生きていけるかもしれない、そう言うささやかな自信と希望が見えてくる。
ぼくは1年のメダルをもらうのに1年9ヶ月かかった。初めてAAに来てワンデイのメダルをもらったのが、2001年の2月の末だか3月の初め。それ以来、何度か酒を飲んだ。アル中の飲み方と他の人の飲み方の違いは、どんどん飲み方がひどくなっていくと言うことだ。もちろん、最初の一口でいきなり暴れたりぶっ倒れたりするワケじゃない。最初の一口。何事も起こらない。ふつうに酔いが回る。懐かしい、アルコールの酔い。なあんだ。たいしたことないじゃないか。飲めば死ぬだの病気がひどくなるだのさんざん聞かされたけれど、毒じゃあるまいし。ビールの一杯、ウィスキーの一杯で死ぬ人間がいるわけがないじゃないか。さんざんアルコール依存症だの何だのって言われたけれど、オレはこうしてまた酒を飲んで、ふつうに酔いを楽しめる。だいじょうぶだ。そして二口目のウォッカを口にする。もちろん、二口目でも何事も起こらない。死にもしないし、誰にも迷惑をかけない。ただ二杯の酒を口にした。それ以上でもそれ以下でもない。そしてその日はそれで終わる。翌日は二日酔いもなく、ふつうに仕事に行ける。ただ、こころの中に小さな罪悪感を覚える。いつになくAAメンバーのことばかり考える。飲んでしまったことを隠してミーティングに行くべきだろうか。それとも正直に話した方が良いのだろうか。いや正直に話した方が良いに決まっている。でもこのまま黙っていても誰にも分かるはずがないじゃないか。黙っていれば、順調に進んでいるメダルをふいにすることもない。誰にも分かるはずがない・・・。
そしてその夜もまた酒瓶を取り出し、ウォッカをあおる。二口。あるいは三口。そう言う飲み方が、数日は持つかもしれない。あるいは数週間は持つかもしれない。だが、うまく飲めていたはずが、気がつくとまたブラックアウトしている。飲んで仕事を休んでしまっている。気がつくとアパートにこもって一人きりで、朝も昼も関係なく飲み続けている。そしてひどい頭痛と吐き気にさいなまされ、なぜまたこのひどい気分の中に自分がいるのか分からないでいる。
そう言うことを何度も繰り返した。ミーティングで飲んだことを話したこともあったし、話さなかったこともあった。話そうが話すまいが、ミーティングの中でぼくは孤独だった。自分と同時期にミーティングに来始めた仲間は順調に酒を止めている。自分は何度も酒に手を出し、生きることも死ぬことも選べない。酒を飲むことも止めることもできない。
さいごに酒を飲んだときは、ほんとうにひどい気分だった。今度こそは飲まないと思っていたのに、気がついたらまたウォッカの瓶をラッパ飲みしていた。うんざりだった。AAも主治医も何もかも。そしてとりわけ自分自身には幻滅しきっていた。死ぬしかないと思った。当時ぼくが転がり込んでいた年上の女性に連れられて、半分酔っぱらったままクリニックに連れて行かれた。11月のやわらかな秋の日差し。どうして自分は平日の秋晴れの下をこうして病院の待合室にいるんだろう?ほんとうなら職場でばりばり仕事をしているはずなのに。無性に自分がくだらなく思えた。こんなはずじゃなかった。数分後には診察室で、自分でもうんざりするようなばかげた言い訳をしている姿が容易に想像できた。もうたくさんだ。
トイレに行くふりをして待合室を抜け出す。近所の文房具屋に行く。カッターか包丁があれば、それで良い。が、どういうワケかその文房具店にはカッターもナイフも置いていなかった。居てもたってもいられず、そのままコンビニに行く。ここでもカッターもナイフも置いていない。道路に飛び出そうか。近所のビルから飛び降りようか。でも道路はのんびりと渋滞していて、とても楽に行けそうにない。近所のビルは目に入ったが、とてもそこまで行ってトラブルを起こさずに屋上までたどり着ける自信がなかった。ミーティングで誰かが言っていた言葉が耳の奥でぐるぐる渦巻いている。生きることも死ぬこともできない。生きることも死ぬこともできない。生きることも・・・・。
あきらめてクリニックの戸口に戻る。隠れるように物陰にうずくまる。どうして良いか分からない。5分後にどうしたらいいのか、5秒後にどうしたらいいのか、いまどうしたらいいのか。まったく何も浮かんでこない。
そのとき、ぼくの名を呼ぶ声が聞こえた。顔を上げた。AAの仲間が笑顔で立っていた。ぼくは震える手で財布を取り出し、ナイフを買ってきてくれるよう彼に頼んだ。彼は少し困ったような顔をして下を向き、それからまた笑顔で言った。
「ねえ、馬鹿なこと言ってないで、クリニックに戻りましょうよ」
不思議と反抗の言葉は出てこなかった。言われるまま、ぼくはその通りにした。それがぼくの最後の酒だ。それ以来飲んでいない。

きょうはその彼のバースデイだ。
ほんとうにおめでとう。あなたは以前ぼくに救われたって言っていたけれどとんでもない。救われたのはぼくの方だ。いまこうして生きていられるのは、あのとき声をかけてもらったからだ。ほんとうにおめでとう。何年のバースデイかなんてどうだっていいよ。こうしてお互いに生きていられる、それだけでぼくはハッピーだよ。
ハッピーハッピーバースデイ。

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