2022年8月 2日 (火)

暑中お見舞い

皆さま

猛暑の中、いかがお過ごしでしょうか。

泣いている人、笑っている人、みんなそれぞれに生き延びているでしょうか。

カオルは最近、体力がへばってきているのを実感します。

やりたいことが思うようにできず、いちど後回しにしたことは永遠に失われてしまうのではないかと思うこともしばしばです。

歳を取るともう少し知恵がつくとか楽になるとか思っていましたが、そうではありませんね。

20代には20代の、50代には50代の課題や悩みがあって、どちらもしんどさはそんなに変わらないです。

自然体で生きていきたいものですね。

まずはこの酷暑を生きのびましょう。

暑中お見舞い、申し上げます。Dscf4393

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2022年8月 1日 (月)

フジロック2022終了!

と言うことで、フジロック2022に参加してきました。
3年ぶりかな。最後に参加したのは2019年。
銀杏BOYZ、峯田のパフォーマンスと情熱に感動し、ジェイソン・ムラーズのポジティブでカラフルなメッセージに勇気をもらいました。
今年はコロナの感染者数が過去最高を記録する中での開催。
ちょっとビビったけど、楽しめました。

ベストアクトは、文句なしに木村充揮ロックンロールバンド。
バンマスは、まさかの三宅伸治。や、完全にノーチェックだった自分が悔やまれる。
なんかもう、木村が歌って三宅がニコニコしながらギターを弾いているだけで、胸に熱いものがこみ上げてきました。
いいなあ、三宅。
ロックンロール・ギタリストの完成形の一つですね。どのバンドでもしっかりアンサンブルをまとめ上げ、バイプレーヤーに徹するその姿勢はローリング・ストーンズのロン・ウッドと近いけど、でも三宅は三宅。
彼の奏でるギターは、三宅のロックとしか言いようのない音色。
もちろん木村のボーカル、大阪弁での味のあるMC、バンドのグルーブ感、すべてが相まってとても素敵なライブでした。Dscf4301

ラスト前には代表曲「たたえる歌」で三宅がボーカル。
最高でした。

 

歳のせいか、ステージをガツガツ見て回るのはしんどく、まったりモードで今回は参加してきました。

ところ天国で川に足を浸して涼を取ったり。Dscf4245

 

グリーンの後ろの木陰で、フジロッカーズが歩き回る中、風が吹き渡るのを見ていたり。

Dscf4212

 

なんと言っていいのか分からないけど、フジロックという非日常の祝祭日、そのバイブス自体が癒やしを与えてくれる気がします。

また来年、会いましょう!

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2022年7月29日 (金)

行くぜ!フジロック2022

コロナだなんだといろいろありますが、これ以上フェス参加自粛はムリ!

ときどき爆音でロックを聞かないと、自分のメンタルヘルスが保てない。

てなことで、フジロック2022に参加してきます。

感染に気をつけつつ、目いっぱい楽しんできます。

行くぞー行くぞー!

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2022年7月13日 (水)

3年ぶりのオープンスピーカーズミーティング

わがAAホームグループの3年ぶりのイベントが開かれた。

オープンスピーカーズミーティング、通称OSM。

会場には全国の仲間が集まり、色んな話が聞けた。

楽しかったです。

 

コロナ禍以降、われわれの住む日常は大きく変わった。

集合イベントが減り、それを補完するために会議や集合イベントのオンライン化が進んだ。

この流れは後戻りすることはないだろう。私たちの社会は、インターネットなしには生活できない。

でも、コミュニケーションのオンライン化は2つのことを示している。

 

ひとつ。たとえ人と人とが直接会えない環境下であっても、会話によるコミュニケーションは必要であること。

ふたつ。オンラインミーティングでは限界があること。

 

オンラインミーティングでは人の息づかい、沈黙など、いわゆる空気感というものが共有できない。

人と人とが集まる「場」には、そこにしかない空気感がある。大げさに聞こえるかも知れないが、ぼくがAAミーティングに参加して以来、会場にハイヤーパワーがいるのでないかと感じたことが何度もあった。

同じ体験がオンラインでできるかというと、ちょっと疑問である。

あるいは、ミーティングがはじまる前のひととき。

日暮れが遅い夏の夕方、どう言うわけかミーティング会場に早く到着しすぎたことが何度もある。

そういう時、決まって同じような誰かがいて、夕暮れをながめながら雑談をしていた。

そう言うことは、オンラインではちょっと難しい。

 

ともあれ、久しぶりの集合イベントでは各地から大勢の仲間が集まり、大いに楽しい時間を過ごせた。

楽しいというのは、ちょっとちがうかな。なんて言うんだろう、自分の身体に足りていなかった栄養がみるみる染み渡っていく感じ。

久しぶりに会う仲間、初めて会う仲間。

それぞれがそれぞれのソブラエティを生きている。

それだけで、ぼくはとてもうれしい。

何せもともとがアルコホーリクの集まり。AAに出会わなければ失っていたであろう命をたもち、生き方を伸ばしている。

それをほかの仲間と分かち合う。

やっぱりいいよね。AAって。

ぼくも少しだけ話をさせてもらった。話したあとは、心がスッと軽くなった。

またAAに助けてもらったと感じる。自分の話が、誰かの役に立てば良いと願う。

無償でもらったものを、無償で次の仲間に手渡すこと。

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2022年3月24日 (木)

とことこ7キロジョグ

北陸地方に住んでいて困ることは、冬場のランニングが出来ないこと。

12月中下旬から3月中旬くらいまでの3ヶ月、ほとんどジョギングが出来ない。

降雪のために路肩が狭いし滑りやすいし、そもそも日照時間が極端に少なくて朝夕に走れないのである。

ということで、ようやくここ1週間ばかりジョギングを再開したところ。

膝が痛い!スピードが出ない!1日おきじゃないと足が持たない!

悲鳴を上げながらも、ジョギングしています。

まずはトコトコ7キロ程度のジョグから再開。

スピードインターバルを取り入れつつ、徐々に距離を伸ばすのだ。

なんたって、この時期の朝ラン風景は最高なんだから。

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2022年3月22日 (火)

不均一な集団の共通の目的

先日のAAミーティング。

バースデイミーティングだとばかり思って参加したのだけど、たまたまその月はバースデイ者がおらず、通常ミーティングとして開かれた。

近ごろはバースデイミーティングばかりに参加していたので、通常ミーティングはちょっと久しぶり。

すごく新鮮だった。

 

当たり前だけど、AAミーティングは色んな人が参加する。

性別もちがえば年齢、立場、職業、家族構成、ほんとうにさまざまだ。

唯一の共通点は、みなアルコールで痛めつけられた結果、AAミーティングに解決を求めてつながったという点だ。

だからそのいきさつも個別の問題も、少なくとも表層的には異なる。

当たり前だけど、ひとはみな異なる。

でもふだん仕事をしていると、職場はある程度均一な集団なので、そのことを忘れてしまう。

同じ職場で同じ人たちを相手にしていると、平たく言えば世間が狭くなる。視野が狭くなり、考えや価値観が固定化してしまう。

AAミーティングに行けば、世の中は広く、自分の価値観や世間などほんのちいさなものだと言うことが分かる。

でも、そこにはやはり共通のものがある。

とくにぼくたちアルコホーリクには共通する問題と、共通する解決方法がある。

広い世界に散らばる、同じ問題を持った人たち。

 

人はみな、ちがっている。異なっている。

だからこそわかり合えないし、わかり合える。

 

そういう当たり前のことを、AAは気づかせてくれる。

 

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2022年3月21日 (月)

Sharon Van Etten、Every time the sun comes upは名曲である

最近はSharon Van Ettenにハマってて、ずっと曲を聴いている。

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どこか孤高の影を引きずった女性ロックシンガー。どことなく往年のパティ・スミスを感じさせるたたずまい。

この人の曲は、なんともたとえようのないエモーションがある。

諦念と受容と生きる意志を同時に持ち合わせているような、独特のフィーリング。

スプリングスティーンを彷彿とさせるリリカルなナンバー「Seventeen」も良いけど、ぼくのイチオシはEvery time the sun comes upだ。

何度も何度も繰り返される、美しいサビの歌詞。

Every time the sun comes up, I'm in trouble

(太陽が昇るたび、私はトラブルの中にいる)

暗いと言えば暗い歌詞である。でも、みんなそうじゃないだろうか。

 

この曲のすごいところは、たった3つのコードで成り立っているところだ。

美しいメロディとハーモニー、印象的なサビ。

それが、たった3つのコード、それも I, IV, Vの主要三和音だけで作られている。

いや、すごいね。

でも、ミュージシャンとして俳優として母として才能を遺憾なく発揮している彼女だけど、いろいろ苦労もあったようだ。

1981年生まれ、2022年で41歳になるシャロン。

ぜひまた来日して、円熟したステージを見せて欲しい。

 

 

 

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2022年3月20日 (日)

自分を守ることは恥ずかしいことではない

無理の利かない歳になってきた。

職場の泊まり込みがきつい。以前は休日は月のうち2日程度なんてこともザラだったけど、いまは休みがないと明らかに疲弊する。

まあ、もう50代半ばだもんね。30代と同じ働き方ではきついに決まっている。

決まっているんだけど、代わりになる人がいない。職場の性格上、ぼくの部署の誰かが24時間常駐していないといけない。

30代のころとはちがうところにいるんだけど、事情を抱えていて夜間休日対応ができない人が部署に多いのは変わらない。

でも、だからといって休日が月に2日なんて働き方をしていたら、この先自分が病んでしまう。

 

がんばって黙って働いていたらまわりがいつの間にか認めてくれるということは、おそらく期待できない。

助けて欲しいときは助けて欲しいと言わないと、伝わらないのだと思う。

卑屈にならず、怒らず、あきらめず、助けてくださいと言う。

むずかしいけれど、それができなければ潰れてしまう。

 

自分の身を守ることは、恥ずかしいことではない。

自分は無力だ。一人の力で出来ることは、せいぜい一人分とちょっとだ。

自分一人で職場を背負おうなどというのは、ヒロイズムに酔っているに過ぎない。

だから助けあう。助けあうためには、ひとを助けると同時に、自分もひとに助けを求める必要がある。

 

分かっているんだけど、そういう当たり前のことがなかなかできないのは、やっぱりまだまだ回復が足りていないんだね。

ステップを踏んでいきましょう。

と、誰もいない連休の職場で考えるわけです。

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2022年3月19日 (土)

松村雄策の死を悼む

松村雄策氏が亡くなった。

2022年3月12日。享年70歳。

音楽評論家。いやロック評論家と言った方が良いだろう。
ぼくが最初にロッキングオンを読んだときから、彼の文章はずっと心に残っていた。他にもロッキングオンには優れたライターや論客は大勢いたけど、彼の文章の残す余韻は他の追随を許さないものだった。

個人の暮らす日常の風景描写に海外のロックの論評を交えるスタイルはロッキングオン記事の定番だが、このスタイルは松村雄策氏が始めたものではないだろうか。

酒だったり日々の風景だったり、些細な心の機微にロックミュージックの話がぴたりとはまり込んでいく。唐突なようで、文末まで読み終えると納得できる、素晴らしい文章だった。

取り上げる音楽は1950年代生まれらしく、ビートルズやアニマルズ、バッド・カンパニーなどを中心とした、ぼくより一回り上の世代を感じさせるものばかりだった。でもドアーズの趣味はぼくもいっしょだ。

ぼくが知るかぎり、ドアーズに関するいちばんうまいライターは松村雄策氏だった。

彼がドアーズについて語るとき、その文章にはどこか死の影がただよっていた。彼の名著「リザートキングの墓」にもそれは色濃く表れている。

考えてみれば、60年だから70年代のロックは死人だらけだ。激動の時代、当時の村松氏自身も近しい人を亡くしていたのだろうか。

そう思わずにはいられない文章だった。

 

ロッキングオンの定番連載と言えば渋松対談だ。ここでは自分の老化にまつわる自虐ネタを披露しながら、渋谷陽一氏と楽しい掛け合いをしていた。90年代から2000年代初頭、ぼくはロッキングオンを散発的に読んでいたけど、渋松対談は安定の面白さだった。

ロック雑誌の宿命として最新の情報を追わなければならない。でも渋松大胆で語られるのはレッド・ツェッペリンだったりビートルズだったり、何十年も前のロックだった。おちゃらけているようでもそれはロッキングオンという雑誌の原点、スピリットを常に思い起こさせる、大事なコーナーだったのだと思う。

 

松村雄策氏はミュージシャンでもあったし、小説家でもあった。「苺畑の午前五時」はとびっきりの青春小説だ。ぼくもバンドをやっていたころ、この小説にインスパイアされた曲を作った。せつなくてドキドキする、少年と少女の物語だ。

ぼくの中で松村雄策氏はこの小説の主人公に重なる。

いつも居心地の悪さを抱えた、ロックに生き方を変えられた、大人になりきれない少年だった。

いくつになっても自分の内面と実年齢との差にとまどい、困ったなと思いながら肩をすくめて立ち止まり、まあいいかとつぶやいてまた歩き出す、そんなイメージだった。

ロッキングオンを開けばいつでも同じようなネタで渋松対談の楽しい話題を繰り広げているユーモアの持ち主でもあった。

 

こうして文章を書いていても考えがまとまらない。

松村雄策氏の死は、はじめはゆっくりと、だんだん大きくぼくを揺さぶっている。

70歳。いまの平均余命を考えれば早い死だが、決して早すぎるわけでもない。松村氏も、ロッキングオン世代も、そしてぼくも、平等に歳を取っているという当たり前の事実がそこにある。

松村雄策氏はロッキングオンとその世代の象徴であり、ぼく周辺世代がロックミュージックに想いを仮託する代弁者でもあった。

その死と喪失は、ぼくたち自身のある部分の死と喪失でもある。

悲しい。もう何年も彼の小説も本も読んでいないのに、彼の死はぼくを大きく揺さぶる。

いまごろはもう空の上で、ジム・モリソンやジョン・レノンに会っているのだろうか。

あなたが亡くなって寂しいよ、松村雄策。

 

「未来は不確かで、死はいつでもかたわらにある」

“The future is uncertain but the end is always near”

—ジム・モリソン

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2022年2月26日 (土)

異様に寒いし風邪ひくし

日本海側の冬は寒い。

関東にいたころも、もちろん冬は寒かった。福島はもっと寒かった。アメリカ東海岸も極寒だった。

でも、体感的にはいまがいちばん寒い気がする。

理由はかんたん。住まいの風通しが良すぎるから。築50年は過ぎようというこの古いアパートに、断熱という概念はない。

どんなに暖房をガンガンつけても、室内温度は12度から上には上がらない。

あまりに酷使しすぎたせいか、エアコンはとうとう暖風を送らなくなってしまった(泣)。

いまはガスストーブとコタツ、そして重ね着だけが頼りである。

コタツから出ると一気に寒さが襲ってくるので、コタツから離れられない。

本を読むと、ページをめくる指がかじかむ。

寝るときは意を決して布団に潜るが、布団の中は氷のようである。

シャワーを浴びるたびに、ヒートショックで死ぬのではないかという予感が脳裏をよぎる。

ブルブルブルブル。

 

まあでも、ここに住んでいると四季の移り変わりがよく分かる。

冬が厳しい分、春の訪れはほんとうに輝かしい。木々も空も輝いているようだ。

いままでに住んだどの土地よりも、自然が身近にある。

 

とは言え、寒いのは耐えがたい。

ついに2日ほど前から風邪を引いた。いまどき面倒なのは、ただの風邪だと言うことを証明するために検査をしなくてはいけないことである。

さいわいPCRにてコロナは陰性。でも、だからといって風邪が治るわけじゃない。

「あったかくして、ゆっくり休んでくださいね」周りの人たちはみなそう言ってくれる。ありがたいことである。

しかしながら「あったかくして」というのがそもそも無理な環境なのである。

はやく春が来ないかな。

 

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2022年2月25日 (金)

ジョージ・ハリソン・シグネチャーのオールローズ・テレキャスター、即完売

ギタリストなら誰でも聞いたことのある名前、オールローズ・テレキャスター。

ネックからボディまで、すべてローズウッドを使った高価なギターである。

高価なだけでなく、重量もヘビー級。ローズウッド自体が固くて重い材木だけに、それで作ったギターは非常に重たい。

フェンジャパのオールローズ・テレキャスターは、実に4.3キロに達したそうだ。

ふつうのテレキャスターはだいたい3.5キロくらい。レスポールが4キロ前後。

そう考えると4.3キロはなかなかの重量である。少なくともふつうのテレキャスターだと思って手に取ると、ズシッと響くだろう。

 

そんなオールローズ・テレキャスター、なかなか市場に出回らない。

たびたびオールローズ・テレキャスターはリイシューされているが、いずれも限定品で発売してもすぐ売れてしまうようだ。中古市場にも出回らないし、出回ってもけっこうなお値段である。

 

で、そんなオールローズ・テレキャスターであるが、本家fenderがリイシューモデルを出した。

その名も「ジョージ・ハリスン・ローズウッド・テレキャスター」。

George Harrison Rosewood Telecaster

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全世界1000本限定。

発表したのが2022年の2月16日。2022年2月25日現在、本家fenderを含むすべてのサイトで完売表示。

ぼくがこのギター発売を知ったのが2月18日頃で、そのときにはもうどこを探しても完売表示しか見あたらなかった。

わずか2日。売れるの早すぎである。

買わないまでも、いちど試奏してみたかった。

が、この分ではおそらく店頭には出回らないだろう。

特にジョージ・ハリスンの熱心なファンというわけではないけれど、オールローズ・テレキャスターのサウンドを自分の耳で確かめてみたかった。

追加発売しないかなー。しないだろうなー。しても買えないだろうし。

(税抜き定価38万円)

 

ちなみにこのジョージ・ハリスンモデル、チェンバー加工してあるそうです。チェンバー加工ってのは、ボディの一部をくり抜いて空洞にしてあるってことね。おそらく重さ対策でしょう。

それにしてもどんな音が鳴るんだろう。

いずれどこかの楽器店で試奏できたらラッキーだね。

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2022年2月15日 (火)

日本食を食べていると認知症になりにくかも?という研究

外食の回数がめっきりと減った。

コロナ禍のせいもあるけれど、最大の理由は「周囲に飲食店が少なく、コロナに関係なく早じまい」である。

ファミレスもない。ガストはかろうじてあるけれど、ロイホもデニーズもない。オーマイガー。

ということでほとんど家でご飯を食べています。

家でご飯を食べると、やはり気になるのは洗い物。油を使った料理はどうしても洗い物がたいへん。年齢的にも、あまり脂っこいものは苦手になってきた。

ということで最近のカオル家の夕食は、蒸した野菜と肉、納豆、味噌汁、サラダ、玄米といった感じになっています。うーん、ヘルシーと言えばヘルシー、お年寄りっぽいといえばお年寄り。

こんなんでいいのかなあ、と思っていたらこんなウェブ記事を発見。

 

日本食スコアと認知症、腸内細菌との関連

認知症の人とそうでない人を比べて、典型的な日本食をどのくらい摂取しているのかの差を調べた研究。

非認知症患者は、認知症患者と比較し、JDI12の魚介類(64.5% vs.39.1%、p=0.048)、きのこ(61.3% vs.30.4%、p=0.015)、大豆・大豆製品(62.9% vs.30.4%、p=0.013)、コーヒー(71.0% vs.43.5%、p=0.024)を摂取する割合が高かった。
認知症患者は、非認知症患者よりもJDIスコア(中央値)が低かった。

JDIスコアというのはこの研究で使われた「どれだけ日本食っぽいか」の目安。もとのリンクを見ると、rJDI12という総合的な日本食っぽさ目安で言うと認知症のひとはJDIがかなり低かった。

つまり、日本食中心の人はそれだけ認知症になりにくいかも知れないってこと。

まとめとしては

著者らは「伝統的な日本食を順守すると、認知機能低下を予防できることが示唆された。これは、腸内微生物の代謝産物の濃度の低さと関連している傾向があることが明らかとなった」としている。

 

とのことなので、日本食っぽいご飯→腸内美声淵の代謝産物が低い(アンモニアかな?)→認知症リスクが低まる

という可能性がありそう。

やっぱり日本食で正解だ!

でもとんかつとかカレーとかじゃなくて、あくまで米、味噌、魚介類、緑黄色野菜、海藻類、漬物、緑茶、牛肉・豚肉、コーヒー、大豆・大豆製品、果物、きのこ類みたいです。

しかし、認知症リスクの話を実感をともなってする日が来るとは、このブログを立ち上げたころには思いもしなかったことですよ。

光陰矢のごとし。

 

原文はこちら。

Relationship between the Japanese-style diet, gut microbiota, and dementia: A cross-sectional study - PubMed

 

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2022年2月14日 (月)

生活の中で12ステップを使う

12ステップは生活の中で実践してナンボ。
そうは思うんだけど、実際に使えているのかどうか分からないときも多々ある。
ときに自己憐憫が強く出ることもある。
仕事が煮詰まってくると「なぜ自分だけが」とも思うし、それだけ責任のある仕事をまかせられているのだとも思う。でもオフの予定が仕事で次々と潰れていくのは、とても気持ちが落ち込む。

手放す、というのはとてもむずかしい。
自分の感情を手放す。恨み、怒り、自己憐憫はとても手強い感情だ。それが正当性を持っているときは特に。
正当な恨み、怒り、自己憐憫は自分の身を滅ぼす。正しいだけにブレーキが効かない。そして恨みや怒りや自己憐憫の感情それ自体が、二次的な問題を作っていく。
すると、最初の問題と自分の感情がつくりあげた問題がない交ぜになって、解決ができないような困難な事態に陥っていく。
じっさいに、身近でそう言う場面を何度か見てきた。

自分以外の問題は変えようがない。職場に要望を出して改善するにせよ、時間がかかる。
ただ、職場の問題は変えられなくても、自分の受け止め方を変えることはできる。
考えてみたら、問題それ自体より、そのことで自分の頭をいっぱいにしている時間の方が相当に長い。変えようのない問題に思い煩っている時間の方が、はるかにもったいない。

自分の外側の問題は、天気や季節のようなものだ。理由もなくやってくる。
自分にできるのは精いっぱい対処をすること。そして負の感情で頭をいっぱいにしないこと。
自分ができること、楽しいこと、安らぐことに集中すること。時間がないときは特に。
そうは言っても、難しいよね。

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2022年2月13日 (日)

MacのMail.appでレインボーカーソルが止まらない問題

昨日に続き、Macの話題です。

 

もう数年前から、Macオリジナルのメールアプリ「Mail.app」でレインボーカーソルが消えない問題が続いていた。

単にレインボーカーソルが続くだけではなく、消えるまではメールの操作をいっさい受けつけない。

だいたい十数秒から長くて1分くらいか、時間が経つと消えるんだけど、これが非常につらい。

大量の広告系のHTMLメールが届くので(まあ、そういうメールを届かない設定にすればいいんだけど)、どうでも良い楽天系のメールで操作が止まってしまうと仕事にならない。

M1プロセッサのMacBookProに乗りかえたら解決するかと思ったけど、まったく同じ。

ウェブで調べても対応が分からない。コマッタ。

 

と思っていたら。

見つかりましたよ、解決法。

問題はMacではなく、ATOKでした。

「ATOKインサイト」なるプロセスが、このレインボーカーソルを出現させるらしい。

ATOKインサイトとは、平たく言うと自分が入力したい言葉を、開いているアプリから先読みして拾ってきて変換候補に入れてくれる機能。

どうりで入力した覚えのない人名が変換候補に出てくるわけだ。

便利な機能だけど、必要なとき以外はオフにしたい。

 

というわけで、ATOKインサイトのオフの仕方。

1.ATOKメニューから「環境設定」を開く。

2.「変換補助」メニューから「一時文書学習候補を表示する」のチェックを外す。

Photo_20220212163601 3.OKボタンを押して終了。

これでおしまい。

 

設定を変えてみると、たしかにレインボーカーソルが出現しない。

ただし、当たり前だけどATOKインサイトの先読み機能は動作しない。

まあやり方が分かったので、使い分けながらやっていきましょう。

 

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2022年2月12日 (土)

13インチM1 MacBookProを15ヶ月使用してみて

速い、バッテリー持ちが良い、軽量小型と良いところ尽くめの13インチM1 MacBookPro。
購入後15ヶ月経ち、後継機種も出てきたけれど、こちらはまだまだ現役。ていうかあと数年は使える印象です。
購入したのが2020年の11月、15ヶ月前。
備忘録がてら、レビューをしてみます。

アドバンテージ
速い。軽い。バッテリー持ちが良い。
言ってしまえばこれだけ。でも、これがとても心地よい。
以前はIntel Core I7 15インチMacBookProを使っていたけれど、やはり重たい。本体が重たいだけではなく、必然的にACアダプターを持ち歩かなければならない。
加えてポケットWi-Fiだの周辺機器だので、体感的には3〜4キロの荷物を持っている感覚。
「ちょっと気軽に」持ち歩けない。すると、ちょっと出かけた帰りにカフェで軽く作業してくるか…というような使い方ができない。そういう時はiPadにBluetoothキーボード、という選択肢になる。これはこれで、Macで行っていた作業の続きができない、文字入力や変換のフィーリングがちがうので使いづらい、という問題があった。
M1 MacBookProは本体が軽くバッテリー持ちが良いので、さっと持ち出せる。
結果的に、大幅に時間が節約できる。このメリットは大きい。


ディスアドバンテージ
ポートが少ない。USB-Cが二つだけ。しかもイッコは電源共用。これは痛い。
たとえばDTMをやろうとすると、まったくポートが足りない。MacBookPro本体電源、iLokやEライセンサーなどドングル類、音源の入った外付けストレージ、MIDIキーボード、オーディオインターフェース。外付けモニター。最低限これだけ必要。MIDIコントローラ類を入れるともともっと必要。
もちろん拡張ハブを使うんだけど、ハブを使っても限界がある。USB-Cが二つだけしかないって、どんだけ不便なの。

そしてあれです、まったく使わないタッチバー。こちらは最新型ではついに消失した。なんだったんだろうあれは。

ということで、ポートが悲劇的に少ない以外はとても良いマシン。
文句を言っててもしょうがないので、ひたすら使い倒すべし。
そうそう、価格が安めなのも良いポイントです。ただ最新版の14インチ、16インチはかなり高くなりました。USB-Cポートが3つに増えたのは朗報だけど。
今のところ自分は13インチをとことん使い倒してみるつもり。
ガンガン外に持ち出してがんがん使うんだ。

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2022年2月 4日 (金)

会議は踊る

午後2時から8時間半、ぶっ通しで会議でした。
だいたい一会議2時間、4会議連続。疲れました。
そのときそのときで知恵を振り絞って会議をするんだけど、あれだね、最終的には一つめの会議の内容はすっかり忘れている。
議事録って大事なんだなーと、あらためて思いましたよ。

しかしコロナ禍になってリモート環境が整ったのはいいんだけど、リモートも善し悪しですね。以前だったら遠隔地や予定ニアミスの会議は必然的に不参加だったんだけど、リモートだと参加できちゃう。
ぼくも断れない性格だから、「家で晩飯が食いたいから不参加」という決定ができない。結果的にフラフラになって帰宅し、翌日のパフォーマンスが下がる。
よろしくないですね。

しかし、日本人って放っておくと無限に働くんだね。夜8時開催の会議ってふつうにクレイジーだと思うんだけど、みんな淡々と出席している。メンタルやられないんだろうか。家に帰って家族とご飯食べたいとかテレビ見たいとかダラダラくつろいで談笑したいとか本読みたいとかミーティングに行きたいとか思わないんだろうか。
おそるべし、ニホンジン。

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2022年1月28日 (金)

音楽と物語のはざま Jenny Hval ジェニー・ヴァル

ジェニー・ヴァルについて何か書かなければと思いながら、ひと月あまりが経った。
そこそこ有名なアーティストだと思うんだけど、日本語の情報がほとんどない。
ウィキペディアによれば彼女は1980年生まれ、今年(2022年)で42歳。ノルウェー生まれでオーストラリアのメルボルンの大学を出ている。キャリアとしては中堅どころだ。
ジェニー・ヴァルの音楽は、何かに似ているようで似ていない。文学的な香り(実際に小説家として3冊の本を出版している)、ポーティスヘッドやキャットパワーを思わせるインディーロック感と退廃感。
詩や物語とロックとの融合は、どこかパティ・スミスにも似ている。ただ、パティ・スミスが古典的なバンドミュージックのフォーマットにこだわっているのに対し、ジェニー・ヴァルはエレクトロや実験音楽のフォーマットに近い。そう言う意味ではやっぱりポーティスヘッド寄りか。

なんて言うんだろう。Jenny Hvalの音楽は言葉で表現しようとすると、するりと言葉の網からすり抜けてしまう。表現が難しい。少なくともジャンルミュージックではない。
同じような感覚は、はじめてTelefon Tel Avivを聞いたとき、M83やSigur Rós、MOGWAIを聞いたときにも感じた。今でこそ彼らにはグリッチやらポストロックやらのジャンルがラベリングされている。でも彼らの出始めの時はそんなものはなかった。ただ、訳の分からない音のかたまりや言葉のもじゃもじゃがあり、それを突きつけられたオーディエンスはとまどい、そしてエキサイトした。
Jenny Hvalの音楽にも同じ何かを感じる。彼女が表現師匠としている物が何かは分からないけれど、音楽や物語を通して彼女がリスナーに何かを届けようとしている、そのエネルギーを感じる。

彼女の小説の方はKindleで日本でも入手できる。デビュー作のParadise Rot、それに最新作のGirl against Godの二冊。Girl against Godのサンプルを読んだが、神(というより教会を中心としたキリスト教文化)への強烈な憎悪が鮮烈に描かれている。小説と言うよりはエッセイだろうか。
どちらかと言えば静謐なたたずまいの彼女の音楽とはずいぶんちがう。や、でも自身の憎悪をどこか冷ややかに観察しているのは、やはり音楽とも共通か。
決して万人にお勧めできるものではないけれど、要注目株です。ジェニー・ヴァル。
オフィシャルサイト:http://jennyhval.com

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2022年1月27日 (木)

日本海ライフ

いまの住所は日本海沿い。
ここに来て、冬が暗いのに驚いた。関東にいたころには乾いた冬の晴れ、やわらかな冬の日差しが好きだったのだけれど、ここに来てからは晴れ間にあえることはほとんどない。
12月から2月までの3ヶ月間は、ほとんどくもり、ないし雪か雨。
常に空から何かが降ってきている。そして寒い。

まあでも、アメリカも寒いっちゃあ寒かった。暗いっちゃあ暗かった。
冬のニューヨークにも何度か行ったけど、基本的にひどく寒くて曇天ないし雪だった気がする。
写真は2018年3月のブルックリン。帰国直前のころだ。

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このときはブルックリンのカフェを何軒かはしごして歩いて、靴がずぶ濡れになってひどく寒かった記憶がある。
でも、どんなに寒くても屋内に入れば暖かいし、濡れた靴や服もすぐ乾くんだよね。
石やレンガで建物を作っているのと、あとセントラルヒーティングがどこもしっかりしているせいか。

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同じ日のカフェ内。みんな楽しそう。
ちなみにここはPartners coffeeというカフェで、ロバート・デ・ニーロ出演の「マイ・インターン」にも登場する。

コーヒーが美味しくて、居心地の良いカフェです。

さて、日本海沿い。
たしかに曇天は曇天だけれど、ぼくは楽しく過ごしている。
考えてみたら、四季がこれほどダイナミックに変化するのは日本海側の特徴じゃないだろうか。厳しい冬と感動的な春、初夏の田んぼに盛夏の日差し。山いっぱいの紅葉。
都会には都会の、日本海側には日本海側の良さがある。
楽しみながら暮らすのみ、です。

それにしても冬はランニングができないのは参ったね。

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2022年1月25日 (火)

依存症からの回復とは?2022年編

依存症からの回復とは何か?
古くて新しいテーマだ。そしていまだに決着は着かない。色んな立場の人がそれぞれに回復のあり方を模索し、それはそれで納得がいく。でも、万人が納得する「回復の定義」みたいなのは(たぶん)決まらなかった。
ぼくも回復については、このブログで幾度となく書いてきた。けど、そのときそのときは納得できてもあとで考えると考えが狭かったり、どこかズレがあったように思う。

久しぶりに故郷のAAミーティングに戻ったとき、ある仲間に出会った。ぼくは驚き、そしてうれしかった。
彼は、以前のぼくの視点で言えば、うまく回復できない仲間だった。しょっちゅうスリップを繰り返し、そのたびに言い訳がましい(読んでたらゴメンね)理由を並べ、現実的でない展望を主張していた。そしてそのどれもが行動がともなっていなかった。
彼が12ステップを踏んでおらず、AAプログラムが入っていないのはあきらかに見えた。
「行動のともなわない信仰は死んでいる」と、ある日ぼくは彼に言ったように思う。ビッグブックのフレーズだ。なぜそのとき、そんな話を彼に持ち出したのかは憶えていない。でもいまにして思えば、そのときのぼくはひどく傲慢だった。自分がビッグブックの代弁者だと、AAの回復の代弁者だとでも勘違いしていたのかも知れない。ひどい話だ。
もちろん彼の胸に言葉が届くはずもなく、彼は再飲酒を繰り返し、ぼくは故郷を離れた。

最近思うんだけど、回復の定義って別に決めなくていいんじゃないかな。
人によって回復のあり方はまちまちだと思う。多様な回復があっていいんじゃないかと思う。もちろんビッグブックには、回復の方法について書いてある。暴走したエゴを抑えること、過ちの本質を探し見つめること、無力を認めること、仲間のために行動することなどなど。
でも、死なずにミーティングに足を運び続けることだって立派な回復だと思う。
アルコール依存症と言う死の病に飲み込まれずに、AAミーティングに足を運び続けることだって回復だ。ステップがどうとかよりも、そっちの方がはるかにたいせつだ。もちろんビッグブックには、生き延びるためにはアルコホリズムを解決する必要があり、アルコホリズムの本質を解決するにはプログラムが必要だと書いてある。でもそれができる仲間ばかりじゃない。
再飲酒を繰り返してでも、とにかく今日は死なないこと。死なずにミーティングにたどり着くこと。明日も明後日も、一年後も。それも一つの回復だし、回復の形に上下はない。ただちがうだけだ。

ぼくは彼に再会してうれしかった。彼が以前と変わらない様子でミーティングに顔を出し、以前と同じようにどこか居心地の悪い様子で座っている姿を見て胸が温かくなった。
そして、これからも彼にまた会いたいと思った。会い続けたいと思った。
本名も知らない仲間だけれど、スリップを繰り返しながらミーティングに通い続ける彼から、ぼくはたしかにメッセージを受け取った。

遅かれ早かれいつか、彼もぼくも死者の列に加わる時が来る。
そのときまで会い続け、回復し続けましょう。

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2022年1月24日 (月)

SNS離れ

SNSが登場したときには、ご多分に漏れずぼくも手を出した。
もともとニフティサーブでパソコン通信(知ってる?)の掲示板に出入りしていたんだけど、それもとおい昔の話。SNS、おっかなびっくりで開始した。

Twitter、おもしろかったです。
mixiは何が何だか分からないうちにどこかに行ってしまった。あれはいったい何だったんだろう。
Facebookはいまでも書き込んでいる。でも頻度は激減した。

たしかFacebook登場当初は世の中(ネットの中)は盛り上がっていて、猫も杓子もFacebookだった。いままでネットに縁のなかったおじさんたちもたくさん流れ込んできた。で、あちこちのサイトに「Facebookの始め方」「マナー」が並びはじめた。
「はじめての方は1日に1回の書き込みを心がけましょう。そうしないと他の方に気がついてもらえません」「文章だけでは目にとまりません。なるべく写真を撮りましょう」てなことがあちこちの「初心者マナー」サイトに書いてあって、疑うことを知らない純真なおじさんの一人であるワタクシは、せっせと写真を撮り、1日1回の書き込みを心がけていた。人と会う機会があれば写真を撮ってFB。ご飯を食べればFB。きれいな風景を見たらFB。
振り返ってみれば、やりたいからやっていると言うよりは「いまオレは流行のFacebookをやっているんだ!」という謎の空気に有頂天になっていたんだと思う。

でも、そんなに続かないよね。まいにち写真を撮ってFacebookに上げるのって。
けっこうな労力だもん。コメントが来たらすかさず返答。これも初心者マナーサイトに書いてあったけど、かなり労力を要した。
中には返答に困るようなコメントもあって、そう言うコメントに限って関係を無下にしたくない人だったりして、悩んだものだ。
そうこうしているうちに文章を書いてウェブに表現すること自体がだんだんおっくうになって、というよりネガティブな気持ちが高まってきて、Facebookはほとんど休眠状態になった。このブログまでも更新が止まった。

こういう風になっているのは自分だけなのかなとも思ったけど、考えてみたらFBフレンドのほとんどが同じような状態だ。一部のアクティブなユーザがひんぱんに書き込んでいるけど、たぶん自分のフレンドの2割くらいだろう。8割方はぼくと同様に沈黙している。ただ見ているだけ。

Twitterはあまりに殺伐としていて、読んでいるだけでネガティブな感情が湧いてくる。もちろん有益な情報や卓見も混じっているんだけど、それを探し当てるまでの時間と感情的な疲弊感がもったいない。
いまは自分の感情を守るためにほとんど見ないようにしている。

次に何がくるのかはまだ分からない。分からないけれど、きっとまた次の波が来るんだと思う。YouTubeは消費するだけだから、やっぱりどこかで飽きが来る。
たぶん頭の良い誰かが、次の流行をしかけてくるだろう。

でもねー。
流行り廃りに乗っかってみても、結局は人間、自分が出発した場所に帰ってくるんだと思うんだよね。
ぼくはいま紙の本で小説を読み、有線ヘッドフォンで音楽を聴き、遠くの人と相談したいときはなるべく電話を使うようにしている。
Kindle、ワタクシには合いませんでした。Bluetoothヘッドフォンはペアリングに手間取ることばかりで、有線の音質と便利さを再発見しています。メールは相手のリアクションが分からないのでここ一番と言うときは電話で相談の方が手っ取り早いことが分かりました。

じゃあSNSをやっていたことは無駄だったのかというと決してそんなことはない。
やっぱり通過してみないと分からないことって、たくさんあるよね。

SNSを忘れ、スマホを手放し、LPレコードの音楽を聴きながら紙の本を読む。
13歳の時と同じだけど、それでいいんだと思う。
ピース。

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2022年1月23日 (日)

突然の中島らもブーム「永久も半ばを過ぎて」

唐突に中島らもブームが来ました。
ときどきふと嵐のように訪れるマイブーム。マイブームって死語か。まあいいや。みうらじゅん。
マイブームが襲ってくる時はいつも決まって何の前触れもなく、従って予想はまったくできない。今回、なぜ中島らもブームが来たのかも分からない。
ただある日いきなり頭の中に「永久も半ばを過ぎて」という単語が浮かんできた。なんだっけ、これ。記憶の底をひっくり返してみて、すぐに中島らもの懐かしい小説の題名だと思い出した。

話は半分くらい憶えている。
写植職人の家に詐欺師の友だちが転がり込んできて、なにかの本のコンペで度胸の据わったプレゼンをする。プレゼンのシーンの印象が強くて、その後のストーリーやオチはさっぱり憶えていない。

さっそくメルカリで中島らもの単行本セットを落札。
人体模型の夜もメリーさんの羊もガダラの豚も、急に読み返したくなった。こういうとき、メルカリは楽で良いよね。ヤフオク!だと落札まで何日もかかるから、急に欲しいときには不便なんだよね。

というわけで中島らもざんまいの日々である。
いま読み返すとストーリー展開に唐突さがあったりもするけど、場面の鮮烈さ、アイディアの奇想天外さは舌を巻くばかり。才能とはこういうことか。
途中「タブレット」という単語が出てきて「ん?」と思ったけど、単に薬の錠剤のことでした。そうだよね、中島らもの存命中はiPadなんてなかったものね。
文学とロックと酒と薬におぼれて夭逝した中島らも。ジムモリソンや破滅型のロックンローラーにあこがれて、破滅型の天才をめざして、それを突き進んだ人。
亡くなったのが2004年7月26日だから、もう18年も経つんだね。
もしいまだに生きていたらどんな作品を書いて、どんな音楽をやっているんだろう。YouTubeとかやっていたかな。あるいはiPhoneもYouTubeもサブスク音楽も「ケッ」と言って、ライブハウスででかい音でギターを鳴らしていたかな。

色んなことを考えながら、往年の作品を読み返しています。
1994年刊行の「永久も半ばを過ぎて」、名作だよこれ。 Img_9544

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2022年1月22日 (土)

AAミーティングで気づくこと

AAミーティングでは色んなことが起こる。
笑いがあり、涙があり、絶望があり、希望がある。
家族が来ることがあり、酔客が来ることがあり、思いもよらない懐かしい仲間に会えることがある。
そう言ったことが起こる中、ぼくは仲間の輪の中に座り、ここが自分の居場所だと感じる。

居場所。

AAミーティングで感じるこの感覚は、なんと言うんだろう、他に例えようがない。かならずしも自分が必要とされているわけでもない。かと言ってよそ者でもない。初めて会った仲間もいれば古くからの仲間もいる。考えてみれば本名もよく知らないメンバーが大半だ。それでも古くからの仲間の話は耳に心地よいし、新しい仲間の声はぼくの中の昔の記憶を鋭く呼び覚ます。
そのすべてが渾然となって、独特の感覚をもたらす。
単に居心地が良いと言うだけでなく、ここが自分の居場所であると同時に、向い、たいせつなことに気がつく場所だという感覚。

AAの12ステップは、アルコール依存症から回復するためのたいせつなツールだ。でもそれは、仲間の声、人の声、人の形や生き様として現れたときにはじめて伝わるように思う。少なくともぼくはそう感じる。
たとえ12ステップの話を直接にしていなくても、アルコール依存症から回復しようとしてもがき、前に進もうとしている仲間の話はとても美しい。

ぼくがAAをはじめて訪れてからもう20年が経つ。
依存症から回復して生き生きとしている仲間の姿にあこがれて、あれから20年。
ぼくはAAメンバーになれたのだろうか。ぼくは回復の道を歩いているんだろうか。

答えはミーティングの中にある、きっと。

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2021年12月 4日 (土)

絶望のどん底でも希望を忘れない人々 ザ・ロード/コーマック・マッカーシー

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先日読んだ本の感想。絶望の中で希望を見つけ出す話は、古今東西山ほどある。また世界が崩壊した後の世界の話も、これまた山ほどある。
最近Netflixをつけると、ゾンビものの多さに圧倒される。世の中、こんなにゾンビが流行っているのだろうか?ゾンビを見たい人々が大勢いるのだろうか?
多くのゾンビものの映画では、主人公は仲間とともに(あるいは単独で)ゾンビと闘い、崩壊した世界の中で生き抜こうとする。そしてどこかの目的地にたどり着こうとする。そしてゾンビだけでなく、暴徒や暴徒化した軍隊や自警団と戦う。
そう言う意味では、このマッカーシーの小説「ザ・ロード」も、ゾンビものの一類型と言えるだろう。
ちがうのは、ゾンビが出てこないこと。
ただただ、主人公たちが戦うのは崩壊した世界そのものと、モラルを失って獣と化した人々だ。
でも多くの場面は、主人公とその息子が日々の糧を求めてさまよい、絶望の中をさまよう姿だ。

世界が崩壊した理由は、作中では何も語られていない。おそらくは何かの天変地異か世界戦争だと推測されるが、そのことは何も触れられていない。主人公とその息子に名前はなく、登場人物で固有名詞が出てくるのは一人のみ。そもそも登場人物自体が、主人公とその息子をのぞけばほぼ影のような存在である。

崩壊して植物も動物も死に絶えた灰色の世界、おそらくはアメリカ西部のどこかを、主人公とその息子は海を目指してひたすら徒歩で旅をする。わずかな食料と装備をショッピングセンターのカートに入れて、とぼとぼ歩く。たびたび食糧は尽き、主人公たちは餓死の予感におびえながら廃墟と化した家々を探り、焼死体の群れなす道路を歩く。

この小説は、ただただ美しい。
時に凄惨な光景も登場するが、ほとんどは静寂に満ちている。静寂に満ちた灰色の世界を、主人公とその息子が通過していく。
一枚の絵のような世界。死に絶えたモノクロームの世界。
それを、散文詩のような文章が淡々と表現していく。

やがて旅は終わる。
あっけないほどの結末だ。最初の数ページを読んだときに、すぐに直感できた結末。でも、この本が表現したいことはストーリーテリングではないのだろう。
ディストピアの世界の静寂。そして、その中で希望を忘れずに歩き続けること。
大げさに主張するのではなく、淡々と、自分に課せられた当為としての希望。旅。
すごく良い小説でした。

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2021年12月 3日 (金)

来年こそはフジロック

今年のフジロックは悩んだ。あ、今年とは2021年のことです。令和3年ね。

後になると皆忘れてしまうだろうから、ブログに書いておきます。2021年の夏は、コロナウイルスの夏であった、と。

フジロックは、2021年は例年より1ヶ月遅れて、8月20日から3日間の開催だった。東京オリンピックが7月にあったので、その混乱が収まってから、という目算だったのだろう。

が、東京オリンピックのあたりからコロナウイルスの感染者数が急上昇。いま記録を見返してみたら、8月22日のあたりが2021年の日本の感染者数のピークでした。

フジロック、そんな中での開催だったものだから、もー世間の目が厳しい。

Twitterではいろんな人たちがフジロック開催を非難し、主催者のさまざまな感染防止対策はあんまり好意的に受け取られなかった。

日本、そういうところあるよね。一度世論の波が押し寄せると、反対意見はゼンゼン取り上げられない。

入場者数を絞り、飲食ブースや休憩スペースはストリクトな感染防止ルールを定め、アルコールは提供せず、夜は早めに終了。アーティストは国内勢のみ。

結果的に、フジロックでの(少なくとも公式発表では)感染者数はゼロ。

その後に愛知で開催されたヤンチャ系の音楽イベントの感染対策が甘くてクラスターを発生させたのに比べたら、さすがフェスの大御所といった感じです。よくやったフジロック。えらいぞフジロック。

音楽の火を消さないという希望を感じました。

 

が、自分が参加するかどうかは悩みに悩んだ。チケットは買ってある。が、感染者数はうなぎ登りで、まったく先が見えない状況。そして今年に限っては、不参加者にチケットを払い戻すという大盤振る舞い。だいじょうぶかフジロック。

実際の感染リスクは相当にコントロールされているのが見えていたので、参加は可能だろうと踏んだ。

が、やはり最大の問題は職場。

フジロックに行ったとなれば、大事を取って2週間は自主隔離せよと言われるのは目に見えている。職場に黙って集団イベントに参加するのもフェアじゃない。かといって、2週間休めば同僚に多大な迷惑がかかるのは火を見るより明らか。

 

というわけで、2021年のフジロックは不参加でした。

ホテルにはお詫びしてキャンセルの連絡をし(カオルはもうキャンプサイトでは3日間の音楽イベントに耐えられない体なのです)、チケットの払い戻しの手続きをし。

今年に限っては主だったステージのライブ配信をしたので、それをリアルタイムで視聴し、フジロックを疑似体験しました。

青葉市子、いいよねー。ボアダムズ山塚もCHAIも最高でした。GEZANも気合が入っててとてもよかった。

 

という感じで、2021年はコロナウイルスの葛藤の中でフジロック参加を断念したのでした。

きっと、こういう思いをした人は日本中にたくさんいるんだろう。

YouTubeで配信を見ながら「ああ行きたかったなー。でもライブ配信の方がしっかり間近に見れるし、もうこっちの方が楽でいんじゃね?」と、うらやみと楽ちんさを感じていたフジロッカーは山ほどいるでしょう。

来年2022年。フジロック行きます。

コロナウイルスの状況次第だけど、現在(2021年12月)はオミクロン株の影が忍びよっているけど、まだまだ感染者数は極小。自分も東京出張に来れてるし、世の中も動き出している。

来年は苗場で踊るのだ。Img_0846

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2021年12月 2日 (木)

それにしても東京は晴れてる

それにしても東京は毎日晴れてますね。

毎日まいにち、よくもこんなに晴れが続くものだと感心するくらい。

雪も降らなければ雨も大して降らない。降ってもすぐ止む。一日中曇天なんてことはまずない。

こりゃあ関東平野に首都ができるわけだよね。人が集まるわけだよね。地価が高騰するわけだよね。

日本海側の自然も好きだけど、まあ関東平野の方が暮らしやすいですわな、フツーに考えれば。

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まあ、たまに遊び(や、今回は出張です)に来ているからこんなことを言えるわけで、じっさいここに住んで暮らしてみれば、傍目にはわからない苦労もあるんでしょうね。満員電車とか。どこに行っても人混みとか。

それでも都会の真ん中に緑が多いのはとても良いです。日比谷公園とか、雰囲気良いよね。

どれどれ、冬場もときどきは東京にきて、日光浴をするとしましょう。ずっと日光を浴びないと、やっぱり考えがシリアスになってしまいます。

それにしても日比谷公園にベビーカーを押して来る若い母親たちは、一体どこに住んでいるんだろう?

周囲は外務省とか農水省とか、省庁のでかいビルばかりだぞ。不思議なり。ナゾなり。

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