2026年1月28日 (水)

ブログ文化の消滅

久しぶりにブラウザのブックマークの整理をした。

おもしろそうなサイト、あとで役に立ちそうなサイトは片っ端からブックマークに突っ込んで来たので、整理をしないとあっという間にブックマーク一覧がカオスになってしまう。

で、ふといままで手をつけていなかったブックマークフォルダ「ブログ」に手が伸びた。

いままで仲よくしてくれていたブログ、AAメンバーのブログ、趣味や地域が同じブログなどが20ほど入っている。

それをすべてブラウザのタブで展開する。もう10年以上訪れていないブログもたくさんある。さてさて、いま彼らは何をしているのだろうか。

驚いたことに、一年以内に更新された「生きている」ブログはたった二つだけだった。

あとはURL自体存在しないか、最終更新から10年以上放置されたままだ。

当時、日々の思いを書き綴ったブログは、9割が消滅していた。

 

考えてみたらこのブログが始まったのももう20年以上前。2004年の5月23日だ。

職場での休日当番があまりにヒマなので、ふと当時流行りはじめたブログを書いてみようかと思い立ったのを覚えている。

そう、そのころはブログブームの始まりで、ブログを書いて日々の思いをネットに公表するのがちょっとかっこいい空気があった。ような気がする。

あれから22年。

ネットに自分の言葉を公表するのは特別なことでもなんでもなくなった。かっこいいも悪いもなく、仕事でも日々の暮らしでも当然のことになった。

そして、より短いフレーズが当たり前になり、言葉も映像も断片的になっていった。

エッセイのような、まとまった長さのブログは当然はやらなくなった。

 

あの当時のブロガーたちは、いまみんなどうしているんだろう。

ジョギングをして日々の記録を書き綴っている人もいれば、日記を淡々と公開しているブログもあった。

念力でキーボードを叩く実験をつづったブログもあったなー。

 

この20年、さまざまな表現物がどんどん短く簡素になった気がする。

YouTubeやTikTokの映像は数十秒のものが好まれ、カメラの前でダンスや突飛な行動を取るものばかりだ。

物語性は好まれず、瞬間的な視覚の快楽がもてはやされる。文章も同様だ。

時間を取って考えたり余韻を楽しむような表現物は、もう時代遅れなんだろうか。

 

そんな思考の流れをダラダラと書けるのも、ブログの良いところですね。

またユルく更新していきますので、皆さまよろしくお願いします。

| | コメント (0)

2026年1月15日 (木)

2026年(令和8年)年頭のあいさつ

そう言えば今年はまだ年頭のあいさつを書いていませんでした。

昨日は老いるショックの話を書いたけど、さっそくこれも老いるショックですね。

 

さてさて皆さま、明けましておめでとうございます。

令和も8年目になりました。まさに光陰矢のごとし。自分の感覚では、つい2年ほど前に令和になったばかりのような気がするんだけど。おっかしいなー。

生活は、とくに変わったことはありません。相変わらず仕事はつらいけどまあボチボチ。

昨年は入院して胆のうを取るというイベントがあったけど、今年は何もなく健康に過ごせることを祈ってます。

昨年はあまりに個人ベースの仕事を受けすぎてバーンアウトしかけたので、今年は「断る勇気」、これを大事にしようと思います。

安請け合いしたあげく、結局依頼元の期待に応えられずギクシャクすることもありました。

こちらも「忙しい中を無理して引き受けたのに文句を言われるなんて」と、陰性感情がわき上がったりします。

自分の能力を超えて要求に応需しようとすれば、お互いそうなるのは当然だもんね。

初手に「今回のオファーは辞退させていただきます。ご期待に添えず申し訳ありません」が言えるかどうか。これが大事ッス。

それで依頼が絶えるようなら仕方なし。

ほかの人が代わりに脚光を浴びるの当然のことだし、良いこと。

 

定年までの年を数えてみる。今年を含めてあと7年。

定年が楽しみで仕方がない。

もちろん食っていかなくてはいけないので仕事はするけど、いまの役職は早く降りたいのです。

もー時間外の会議は多いし休日はなくなるし、一面識もない人のトラブルシューティングをしなくちゃいけないし、色んな人から無理な課題を出されて逃げられないし、課題に取り組んだら別な部署からヤな顔されるし、しんどいことこの上なし。

あとオンライン会議さー、みんな時間外にやるの止めようよ。

「調整さんの結果、参加者が全員揃う木曜日の21時から会議を開きます」って正気ですかー。寝る時間ですよー。

おっと愚痴になっちゃった。

AAは、今年はもう少しミーティングに参加したいですね。ホームグループもちょくちょく行きたい。片道300キロの運転はなかなかたいへんだけど、それだけの価値はある。

やっぱりミーティングを離れていると、どこか自分の考えが歪んでくるのが分かります。視野が狭くなるというか、自分一人の考えになりがちっていうか。

仲間の話を聞いて我が身を振り返る時間はたいせつ。

人生の先行きが見えてくるほど、その貴重さが身にしみます。

 

あとはとにかく健康、家庭ですね。ギター弾いたりブログ書いたり本読んだりジョギングしたり奥さんと出かけたりする時間をちゃんと取りたいと思います。

てなことで、今年も無理せず元気に行きましょう。

ブログを読んでくださっている皆さま、今年もどうぞよろしくお願いいたします。

| | コメント (0)

2026年1月14日 (水)

老いるショックに出会う

ぼくが敬愛して止まないみうらじゅん師匠。

近年の名言に「老いるショック」「老けづくり」がある。

老いるショックとは、日々の老化現象を笑い飛ばしてしまうためのキーワード。

老けづくりは、歳を取ったら若作りではなく、むしろ年齢相応かそれ以上の「老け」感を積極的に打ち出していこうというコンセプトである。

いいなー。

老いるショック、もう毎日ですよ。

先日も、社内報に載せる短いエッセイを提出しようとしたら、直前になって数ヶ月前にまったく同じテーマのエッセイを書いていたことに気がついた。

書いている途中はまったく気がつかず。提出まぎわに「待てよ」と思って以前の原稿を確認したら重複に気がついた。

昨日は、とある業界紙から見本誌が届いた。謹呈と書いてある。

包装を開けたら、自分が書いた原稿が載っていた。もちろん書いた記憶はいっさいない。ないというか、出てこない。

どうもぼくの記憶は引っ込み思案が強まっているようである。出てくるように問いかけても反応なし。ハッハッハ。

きょうはきょうとて、あまりにも職場の内線一覧表が見えづらく、ふと百均で購入した老眼鏡をかけてみた。

劇的にハッキリ見えたので「見える!私にも見えるぞ!」と声に出してしまった。

こういうときに「老いるショック!」と叫んで(こころの中でだけど)こころのネタ帳に書き込んで終わる。そしてそのネタ帳もやがて忘れる。

やー、いいですね。老いるショック。

 

何ごともそうなんだけど、後退局面をどうするかはとても難しい。

自分の老いや能力の低下を受け入れるのは誰にとってもヤなものです。

でもいつまでも若さにしがみついているのも見苦しいよね。ていうか、疲れるし。

若さの価値観て、どこか競争原理的な気がする。若くて元気でパキパキ動けてエネルギッシュで、て、そんなの20代を過ぎたらみんな低下してくるに決まっている。日々どんどん低下しているんだから、無理したってギャップは開くばかり。

もちろん健康に暮らすために身体を動かしたり食べ物や生活に気をつけるのはたいせつ。

でも、遠ざかる価値基準をいつまでも追い求めるよりも、自分が楽しく暮らせる気楽さがあった方がいいよね。

 

先日も2年ぶりにスノーボードに出かけたら、たった4本しか滑っていないのに翌日は重度の筋肉痛で一日布団から出られませんでした。

老いるショック!

| | コメント (0)

2025年11月23日 (日)

AAは衰退するのか?

AA随一の論客であるひいらぎさんが、非常に興味深い記事をブログにあげてくれた。

メンバー数減少に直面する日本のAA (4) メンバー数減少の外部要因 | https://ieji.org/2025/20039

 

国税局や厚生労働省のデータを元に、多量飲酒者の動向、アルコール依存症者数の動向、そしてAAの人口動態的変化を論じている。

とても精緻な分析であり、他の追従を許さない力作である。ここまで緻密な自助グループの現状と未来像を分析した文章は他にないように思う。

ひいらぎさん、お疲れさまでした。

 

ひいらぎさんの分析は正鵠を射ており、現状をよくあらわしている。

AAのニューカマーが減った。AAメンバーが増えてない・あるいは減りつつある。

これは日ごろのミーティングでも感じることであり、AAメンバーだけでなく医療福祉関係者も同様の印象を語っている。

よく言われるのは「医療機関が自助グループを紹介しなくなった」「自助グループの役割を奪った」など、医療機関側の変化に原因を求める説である。

たしかに「自助グループに行かないんだったら診療お断り」みたいな、医療機関の強腰な姿勢は弱まったと思う。

ぼくがクリニックにつながったとき、ドクターはぼくに自助グループを強く勧めた。

ぼくは消極的だったが、それを口にすると強い口調で叱責を受けた。

もちろんいまではドクターには感謝している。あのとき顔を真っ赤にして叱ってもらえなかったら自分はAAに行かなかったろうし、おそらくいまごろ土の下にいただろう。

が、それは25年前の話で、令和のいまでは通用しない。

令和は「他者に何かを厳しく要求する」行為を許さない。叱責や強要は非常識どころか、いまやハラスメントである。

相手の話をていねいに聞き、否定せず共感的に接するのは、医療だけでなく世の中全体の流れなのである。

だから医療機関がやわらかい対応をするようになったからAAメンバーが減った、と言う説はちょっと飛躍が大きい気がする。

ひいらぎさんの分析はそういう印象論ではなく、世の中全体の飲酒行動・飲酒人口の変化をデータで示している。

その変化の背景に時代の流れがあるのだと思う。

 

時代は変わった。

ひいらぎさんの分析によれば世の中全体に飲酒行動は穏やかになった。

街角を見る。居酒屋の前で気を失っている大学生。電柱に持たれて嘔吐している若者。酩酊して奇声を上げ放歌するサラリーマン。列車の中で酒瓶を並べて飲んでいる旅行者。

いまもいないわけではないが、25年前に比べたらずっと少なくなった。

人々はより適切に酒を飲み、アルコール依存症になる人は減り、いても軽症者の割合が増えた。

結果的にAAメンバーは減っている。

 

ぼくは、世の中は進歩しているんだと思う。

医療機関はさまざまな治療ノウハウを開発している。

厚生労働省や自治体は依存症対策を進め、予防や普及啓発活動をずっと行っている。

何十年もそれをやっていたら、変化しないわけがない。

だからひいらぎさんが提示した現状は、自助グループや自治体や医療福祉機関が行ってきた取り組みが世の変化に加わり、目で見える形で結実してきたんだと思う。

それがAAニューカマー減少という皮肉な形であったとしても。

 

それではAAは衰退するのだろうか。いつか役割を終えてそっと舞台袖に消えていくんだろうか。

ぼくはそうは思わない。

形は変わっていくだろう。メンバーの数が減り、サービスやミーティングのあり方も縮小的な方向に変わっていくだろう。

一方で、25年前のぼくのような人閒はいつの世にも一定数存在する。

自分が嫌い、世の中が嫌い。

孤独と感傷を抱えてさまよう、何かが欠落したひと。欠落した何かを探し求めるひと。

いつまで経っても自分と折り合いがうまくつけられないひと。

そういった人たちは何かに依存するし、その「何か」のバラエティが増えても、アルコールはかならず一定の割合を占めると思う。

ニーズがある限り、そうそうAAは簡単にはなくならない。

 

減少や衰退の時期は、円熟の時期でもある。

もはや拡大主義的なあり方は通用しない。

いかにコンパクトに、合理的に、現存メンバーがやりがいを持って無理なくAAの維持に貢献できるかがカギだと思う。

もっとサービスを、もっと委員会を、もっとイベントを。そういう足し算の発想から、引き算の発想への変革の時なんだと思う。

そしてニューカマー減少の状況だからこそ、ニューカマーはたいせつにされるだろう。

少子高齢化社会の中で、稀少な子どもがたいせつにされるように。

 

そこに共感と思いやりがありますように。

江戸アケミも言ってたな。時代はいい方向に動いているぜ。

| | コメント (2)

2025年11月17日 (月)

とことこジョギング12キロ

止めたり続けたりのジョギングですが、さいきんまた熱が戻ってきました。

今月は久しぶりに月間走行距離100キロを越えそう。

ここんとこ暑かったり仕事で時間が取れなかったりメンタルが下がってたりで、ちっとも走れてなかったもんね。

写真は先週、出張で新潟市に行ったときの朝ランの写真。

いやー、冬の日本海すげー。マジすげー。

Img_2168

もう波がざぶんざぶんとうねり、河口堰って言うんですか、川を逆流しないように止めてある鉄の大きな門にどぉんどぉんと打ち寄せる。

風はそんなにないのに、波が異様に高い。

日本海最強。こんなところ落ちたらひとたまりもありません。

 

てなことで冬の海を見たりしながらとことこと12キロばかりジョギング。

10年前に比べたらペースはだだ下がり。以前はキロ5分半くらいでジョギングできていたけど、いまはペースを上げてもキロ6分くらい。ジョグペースだと6分半とか、下手したら7分。

もう歳だからね。とも思うし、いやいやちゃんと走ればもっと楽に、かつ速く走れるはず、とも思う。

まあ、楽に行きましょう。

すぐにペースを上げようとかレベルアップしなくちゃとか思うのはアル中の悪い癖。や、昭和世代のマインドと言うべきか。

レースの予定もないし、本格的に雪が降るまで、とことこペースでジョグを楽しんでいくんだ。

| | コメント (0)

2025年11月16日 (日)

オープンカフェでコーヒーを

ここんとこ暑さ寒さが極端で、アウトドアが心地よい季節は短い。

今年も10月中旬まではずっと暑く、その後は急に雨模様の天気になって気温が下がり、一気に冬っぽくなった。

秋がない。あってもそれを楽しむ時間もない。とほほ。

 

で、いま出張で福岡に来ているんだけど、奇跡的に気持ちの良いお天気。

舗道には銀杏が色づいて黄色い葉を落とし、少しばかりの風が肌に心地よい。

オープンカフェでコーヒーを飲みながら、この記事を書いています。

 R0000295

半袖の人。ダウンジャケットを着てる人。

ベンチに座って話をする人。軽快に走るジョガー。キャリーバッグを転がして推し活に向かうティーネイジャーのさざめき。

リュックサックを背負った小さい子どもと、その手を引く母親。

R0000297 

行き交う人たちを眺めていると、 何とも言えない穏やかな気持ちになれます。

まいにちこんなゆっくりした時間が取れるといいんだけどね。

さてさて、福岡に来たのは出張。

仕事に向かいますか。

| | コメント (0)

2025年11月15日 (土)

24年目のバースデイ

この11月、24年目のバースデイを迎えた。

ホームグループがバースデイミーティングを開いてくれた。

もうひとり、ぼくより2年ソーバーが長い仲間は残念ながら欠席。でも元気に過ごしていると聞き、安心した。

ホームグループはぼくの生まれた地元のグループだ。このブログでも何度も書いてきた。

ぼくがいま住んでいる場所からは300キロちかく離れている。年に数回しかホームグループには行けていない。

それでも仲間としてバースデイミーティングを開いてくれるのは、うれしい限りだ。

 

仲間からメダルと色紙を受け取る。握手をする。ハグする。

みんなでハッピーバースデーを歌う。

何十回、いや何百回も経験してきたミーティングの風景。

でもなんだろう、いつも泣きそうなくらい感動するし、生きて仲間に会えることの喜びを感じる。

自分のバースデイミーティングでも、ほかの仲間のバースデイでも。

R0000280 

自分の話もしたけれど、正直よく覚えていない。

仲間の話は良く覚えている。みなアルコホリズムを抱え、しんどい思いをし、それでも泣いたり笑ったりしながら日々を生きている。

生き延びている。

 

もうそれだけで、感動する。

12ステップ、サービス、ミーティング、どれもたいせつ。

でもまず生き延びないと。生き延びて仲間に会えること。喜べること。

 

メダルにはこう書いてある。

To thine own self be true.

何よりもまず、自分に誠実であれ。自分に正直であれ。

何度も読み、意味をかみしめています。

ぼくはいま、自分に誠実だろうか?誠実であろうとしているだろうか?

ハイヤーパワーに祈っているだろうか?

 

まずはもう少しホームグループに足を運ぶことにします。

来年の目標だね。

| | コメント (0)

2025年9月13日 (土)

ザリガニの鳴くところ—沼地と海岸に生きる少女

コロナ感染、というかひどい風邪症状で数日寝たきりだったんだけど、その間に読了したのがこの小説。

ディーリア・オーエンズ著「ザリガニの鳴くところ」。

ノースカロライナ州の湿地帯・沼地を舞台に、貧困と暴力、孤立などさまざまな困難に耐えて生きた少女の物語だ。

いちおう殺人事件がからむミステリー仕立てで後半はその謎解きに多くの枚数が割かれるんだけど、この小説の白眉はヒロイン少女が生きる大自然の圧倒的な描写と、そこにたった一人で生きる少女の思考や葛藤。

まず自然の美しさと、それを描写する作者の筆力に驚かされる。作者はじっさいに自然学者だそうだ。

たしかに学術的な記述もあるが、それでもこの描写力には驚かされる。自分がノースカロライナ州の沼沢地や海岸を、主人公と一緒にボートで旅している気分になれる。

たくさんの鳥たち、湿地帯のツタ、泥の中の虫たちの息づかいが見え、聞こえてくるようだ。

 

そしてヒロインが7歳からその大自然の中で困難に立ち向かって生き延びていく物語。

父親の暴力アルコール問題と貧困に耐えかねて母、兄弟姉妹がすべて逃げだし、ヒロインは父の暴力に脅かされながら日々を過ごす。

やがて父もいつの間にか蒸発し、ヒロインは貝を売って何とか糊口をしのぐ。

近くには町もあるが、沼地に住む「トラッシュ」(低層階級白人)を露骨に差別する町の住人たちはヒロインを受け入れず、さげすみの対象とするばかり。福祉は機能しない。

そんな中でヒロインに読み書きを教えてくれる少年が出現し関係が近くなっていくが、ヒロインは根強い対人不信があるため(そりゃそうだ)、接近回避葛藤が生じる。

 

最終的に少女の終生が描かれることになるが、ヒロインの対人関係はどこまでも緊張とアンビバレントがつきまとう。

人間社会は彼女にとって理解不能で脅威的な存在。唯一安心できるのは湿地の大自然。鳥や動物たち。

今流行りの言葉で言えば小児期逆境体験だしヤングケアラーだしトラウマだし対人境界だしなんだけど、何かそういうラベリング的な理解を越えて主人公の生き様に尊敬を覚える。

よく生き延びてきたなって思える。

 

ラストは賛否両論。これでいいのかって気もする。

でも最初から作者はこのオチを考えていたんでしょう。取って付けた感じはしない。

やっぱりこれしかなかったんだと思う。

 

ちなみにぼくがアメリカにいたときは、メリーランド州に住んでいた。

ノースカロライナ州はそこから南に350キロくらい。アメリカの感覚だと割と近い方。

いちど行っておけばよかったなと、読了して思いました。そのくらいこの小説の自然描写は美しいです。

| | コメント (0)

2025年9月12日 (金)

初コロナ感染!

もう言い訳にならないレベルでブログの更新が滞っているカオルです。

皆さまはいかがお過ごしでしょうか。

私はいろいろありますが、何とかしぶとく生き延びています。

 

さて、先日初コロナにかかりました。えーと、COVID-19て言うんですか。コビットじゃなくてコオゥヴィドゥ。舌かみそう。

悪寒、39度を超える発熱、全身の異様な倦怠感が突然出てきてバタンキュー。

とても出勤とか業務とか出来るレベルじゃないことを一瞬で覚知。職場に電話してお休みをもらいました。

検査したら案の定バッチリコロナ。じゃなくてコオゥヴィドゥ。舌かむ。

それから3日間は、最低限の食事と水分摂取、トイレ以外はベッドから離れられず。ちなみに妻も一緒。二人でコーォオゥヴィドゥ(しつこい)。

4日目にしてやっと起きてご飯食べたりいろいろできるようになりました。やれやれ。

ずっとベッドで寝ていたせいで、肩と腰が激イタ。腰が伸びず階段の上り下りもやっとやっと。

やー、しんどかった。

 

それにしてもコロナ(じゃなくて…もういいか)が世に登場してからはや5年。周囲のほとんどの人がいちどはかかっているのに自分だけ経験がなく、なんだか肩身が狭かったです。

これで自分も世の中の仲間入り。なのか?うーむ。

 

しかし思うんですが、人間やっぱり健康がいちばんですね。

ふだんは「あー仕事やだなー、コロナにかかって1週間くらい休みたいなー」とか思っていたけど、じっさいにかかるとやっぱ健康の方がいいです。

病気で寝てても楽しくも何ともないし、体は痛いしメンタルもきついし。ご飯も食べられないし。

ふだんどおり、ああだこうだブツブツ言いながら暮らしているのが幸せなんだなと、あらためて思いました。

 

唯一良かったのは、前から読みたかったディーリア・オーウェンズの小説「ザリガニの鳴くところ」をKindleで読了できたこと。

もうここんところ、長編小説を読み切る時間もなかったので、やっと読みたい本が読めました。

良い話でした。ラストは議論が分かれるところだろうけど、展開も描写もとても良かった。これについてはまた明日。

作者、69歳にして初の小説デビュー。そして全世界2千万部の大ベストセラー。

それもまた希望のある話です。

ではではまた。

| | コメント (0)

2025年6月17日 (火)

もう一度ステップ1

先日58歳の誕生日を迎えた。

アラ還つーんですか。四捨五入するとシックスティ。

好むと好まざると、この歳になるとそれなりに管理監督的な仕事をやらざるを得ない。まあ、現場を回すプレーヤーとしてはたしかに限界を感じるもんね。

そうなると、イヤでも仕事が他人に振り回されることになる。プレーヤーだったら自分のタスクを自分のペースで行うこともできるんだけど、マネージャーはマネジメントが仕事なので、目標に進むようチームをまとめる必要がある。
これがねー。もうたいへんなのよ。

うちの業界は職人気質っつーか、どんなノービスでもプライドがあって、納得がいかないタスクはやりたくない。納得がいくタスクも、自分のやり方、自分のペースを第一にしたい。もちろんぼくもそうだったから、チームメンバーの個性や自主性を重んじて、個々人の裁量を最大に活かせるようマネジメントしている。

けど、ときに異様に反発してくるメンバーがいるんだよね。ぼくとのコミュニケーションを避け、自分のスモールグループをチーム内に作り、そこだけで仕事を回す。それでうまく行くんなら良いんだけど、当然ぼくの部署や他の部署とコミュニケーションがないので齟齬が生じる。

困った。

そうなると、ぼくもつい力を使いたくなるんだよね。

自分の権限や立場で相手を従わせたくなる。

やれやれ、何年12ステップをやっててもこんなもんです。

こちらが敵意をむき出しにすれば相手もそうする。とかくネガティブな感情は伝わりやすい。

正論で相手を追い込んでも、反発しか生まない。

こちらの意図を伝える声とも大事だけど、まずは相手の声に耳をかたむけること。

たとえそれがぼくに対する批判や異論だったとしても。いや、批判や異論であればなおのこと、まずすなおに耳をかたむけなくっちゃ。

理解されるよりも理解することを、私が願いますように。

まだまだステップ1が足りないですねー。

| | コメント (3)

2025年6月 3日 (火)

久しぶりの飲酒夢

ゆうべ、久しぶりに飲酒夢を見た。

忘れないうちに書いておこうと思う。

 

まっ暗な闇の中で目が覚めた。

身体がだるい。

腕を上げようとしても上がらない。身体の向きを変えようとしても、重たくて身体が動かせない。

頭の芯がしびれて考えがうまくまとまらない。

いったいこれは…そうだ、これは大量飲酒から目覚めたときの特徴だ。

大量の酒を飲んで意識を失い、自分はいま、そこから目覚めたところなんだ。

でもたしか、ぼくは長いあいだ酒が止まっていたはず…でも確信が持てない。AAに参加したり結婚したり仕事をしたりしていたような気がするんだけど、うまく思い出せない。

どうやら全部夢だったようだ。

なにせ浴びるほど酒を飲んでブラックアウトし、こうして真夜中に目が覚めたのだから。

どこからか差し込む光で、自分がソファの上でだらしなく伸びていたのが分かる。どこかの散らかったアパートの一室。ゴミだらけ、荒れた部屋。たった一人。

頭がしびれる。喉が渇く。何よりも二日酔いで気分が悪い。

かたわらに転がっているはずの酒瓶を探す。

この不快さを逃れるには、もう一杯飲むしかない。少しは楽になるし、吐かずにうまく胃に収まってくれれば、またブラックアウトしてこのイヤな現実から逃げ出すことができる。

ウォッカか安いウイスキーのボトルが近くにあるはずだ。でも見つからない。

自分がさっきまでみていた夢を思い出す。酒が止まって結婚して仕事をして、それなりに歳を取って。色んな人たちと出会って。

はかない夢だった。きっと自分の願望が生み出した幻だったんだろう。

それよりも酒。酒だ。手がふるえ出す。止めるには早く酒を見つけなくては。

 

と言うところで目が覚めた。現実に帰還できた、と言うべきか。

目が覚めてからずっと、現実が揺らいでいるような感覚が止まらない。

実はいまぼくが暮らしている生活は、孤独なアル中が見ている夢に過ぎないんじゃないだろうか?

本当のぼくはまだ飲み続けていて、どこかの日の当たらない暗闇で、ふるえながら酒瓶を探しているんじゃないだろうか?

いまこの瞬間にも目が覚めて、本当の現実に戻るんじゃないだろうか?

 

ということで、ものすごくリアリティがあって現実が分からなくなるような夢でした。

最後の酒から何十年も経つのに、あのころの記憶はすべて自分の中に生々しく刻まれている。

まるでつい昨日のできごとのように。

自分が何者なのか、あらためて思い知らされたように思います。

これもまた恵みですね。

| | コメント (0)

2025年5月24日 (土)

ライブ中の動画撮影について考える

ええーと、先日あるロックフェスとある洋楽アーティストのライブに立て続けに行ってきたんです。

感想についてはまたいずれ書くんですが、気になったのがライブ中の動画撮影。

ずーっとスマホを頭上に掲げてライブ動画を撮っている。

邪魔なんです。視界をさえぎられてステージが見えない。スマホの画面が光っているんでどうしても視界の中で目立っちゃう。

そりゃ、身長が高い人が前にいたと思えばあきらめもつく。でもねー、ずーっと頭上にスマホを掲げられていると、前に2メートルの壁ができているのと同じなんですよ。

うーむ。

 

もちろんライブ撮影は禁止と、どの会場にも注意書きに書いてある。でも海外アーティストの場合は黙認。スタッフの目の前で動画撮影しててもまったく注意されない。国内アーティストは厳しく注意されるし、みんな撮らないんだけど。

そりゃあね、実を言えばワタクシだって撮ったことあります。まわりの邪魔にならないように、静止画を1,2枚。だから、正論ぶってライブ中に写真撮るなとは言わない。

でも、ずーっと、ホントにずーっと、自分のすぐ前の人がほぼフルレングスでライブの動画を撮影していると、まったく見えない。

おにいさん、こちとらチケット代をおんなし額払ってるんでぃ。ちょっとは前を開けてくんな。

ついそう言いたくなっちゃうんですよね。

何かいいアイディアないかしら。

 

そうだ!

思い切って、動画撮影OK席を作っちゃう。モッシュピットの片隅に仕切ったエリア。

撮りたい人はそこで撮れば良し。全員両腕を思い切り頭上に伸ばしてスマホをとり続ければ良し。

それ以外は平和に、スマホ登場以前の時代と同じようにライブを楽しむ。

うーん、どうかなー。これ良いんじゃないかなー。

や、実は単独アーティストライブで、あまりに前の人が背伸びしてスマホで動画を撮り続けてたんで、ちょっと注意しちゃったんですよね。

その人はすぐにスマホを下ろしたんだけど、スゲーにらまれちゃって。

その後もライブがあんまり楽しめませんでした。うーん。これはこれでしこりが残る。

スマホは私たちの暮らしを変えたけど、これもまたその変化のひとつですね。困った困った。

| | コメント (0)

2025年5月 2日 (金)

日常のすき間

がむしゃらに仕事をしているうちに、いつの間にか心の余白がなくなっていた。

タスク管理、スケジュール管理、プロジェクト管理。課題の整理、ステークホルダーとの話しあい、意見調整。

コントロール障害の病気を持つ自分が、気がつけば色んなことをコントロールする仕事に就いている。皮肉な話だ。

土日も夜間もない。現場のプレーヤーから相談が上がってくるのは日中の業務が終わってからだ。いきおい時間外になる。

寝ても仕事。醒めても仕事。

気がつけば仕事が自分のアイデンティティになっている。

これはイカン。

 

人のアイデンティティは重層的なものである。

AAメンバーとしての自分。職業人としての自分。家庭人としての自分。へたくそギター弾き・永遠の初心者DTMerとしての自分。ブログ書きの自分。

色んな自分がいて、それぞれに意味がある。どれか一つ「だけ」になると、すごく危うい気がする。

とくにAAメンバーとしての自分は、いまのぼくを形づくっている大切なエレメントだ。

これをなくすわけにはいかない。

 

と言うことで、なるべく積極的にブログは書いていきます。

日常のすき間、積極的に作らないとなくなっちゃうもんね。

すき間や余白がなくなっちゃうと、あまり良くない気がする。

少なくともぼくはすぐにイライラして極端な判断をしそうになる、と思う。

ひと息ついて、ブログを書きます。

| | コメント (0)

2025年4月30日 (水)

機嫌良くしていること

ぼくが職場で気をつけているのは、とにかく機嫌良くしていること。

色んな情報が入ってくる。業務のこと。他社とのやり取り。職員のこと。

その交通整理をするのが仕事なんだけど、うまく行っている話はまず来ない。

現場で判断できないケース、部門間で揉めているケース、他社とトラブったケースなどが持ち込まれてくる。

ぶっちゃけて言えばぼくの仕事はトラブルシューターである。

トラブル対応は、早ければ早い方がいい。

こじれきって、一触即発の状況になってからでは遅い。

そのためには早い時点で情報が入ってきたり、トラブルの匂いがただよいだした頃から関係者から話を聞けた方がいい。

それには、機嫌が良い方が良いのである。

 

機嫌良くしているのは、自分のためでもある。

トラブル対応ばかりやっていると、だんだん気が滅入ってくる。

退職までの年月を指折り数えるようになる。これでは続かない。

人間関係のこじれが、やっぱりいちばんしんどい。

良かれと思って介入すると、当のトラブルメーカーから逆に怒られたり感情をむき出しにされることもある。正直、やってらんない。

こんにゃろ、と思って処罰的な対応をしたくなることだってある。

でも、こちらも相手に反応して陰性感情を出すと、さらに事態は悪化する。自分のメンタルもつらくなる。

深刻なトラブルほど落ち着いて冷静に、そして機嫌良くしている必要がある。トラブル対応のためにも自分のためにも。

 

とは言え、ぼくも弱く愚かな人間存在の一人。

そんなに簡単に自分の感情をコントロールできるもんじゃない。

こういうとき、AAで身につけたことが役に立つ。

ぼくたちアルコホリクは、悲観や恐れといった感情に弱い。少なくともぼくはそうだ。いちど腹を立てるとなかなか元に戻らなかったりする。

だからハイヤーパワーに自分の欠点を取りのぞいてもらうように祈り、謙虚に求める。

欠点はなくならないから、日々求めつづける。

そうこうしているうちに、何とか自分の感情に飲み込まれて極端な判断をするのを避けられるようになる。

 

機嫌良くしていると相談が受けやすくなり、自分のこころの健康のためにもなる。

無理に明るくふるまっているわけじゃない。でも、不機嫌をまき散らすような人間にはなりたくない。

きょう一日、神の意志を知ることとそれを実践する力だけを求めること。

| | コメント (0)

2025年4月 4日 (金)

AA日本50周年記念集会三日目

2025年3月30日、日曜日。

三日間開催のAA日本50周年記念集会の最終日。

この日は分科会なし、朝から大宮ソニックシティ大ホールにて全体会。

午前は各地域からのスピーカー数名が登壇し、それぞれの話をした。

ちなみに本大会、ほとんどの部分で英語の通訳が入る。通訳はもちろん仲間。

ネイティブの人もいるけれど、日本人で流ちょうな英語を話す仲間がたくさんいてビックリ。

さすがAA、層が厚いぜ!

 

で、仲間の話はどれも胸を打つものばかりでした。

細かい内容は書けないけど、みなアルコールに打ちのめされてAAにたどり着き、回復の道を歩いている。

大きな分かち合い、感動的でした。

 

会場の中も熱いけど、会場の外のエリアも熱い。

全国から数千名の仲間が集まる大会。数年ぶり、数十年ぶりにまた会えた人たちも大勢いて、あちこちで感動の再会が繰り広げられていました。

おそらくメンバー以外の人から見ると、その様子は少しばかり大げさに見えるかもしれません。

でもぼくたちはアルコール依存症、仲間の死をたくさん体験している。

アルコホリズムでも命を失うし、それ以外の原因でも命を落としていく。

だから、また会えて顔を合わせることができるのは、望外の喜びなんですね。

 

二日目には、いつもコメントをくださるKさんにもはじめてお目にかかれました。

文章から想像していたとおりの、ふところの広い仲間でした。

ほんと、足を運ぶと思いもよらないうれしいことにたくさん出会えます。

 

別の予定があるため、ぼくはお昼で退出。

お土産?の50周年記念BB全集類、それにAA日本50周年記念誌を購入。勢いで買っちゃったけどかなりの重量(笑)。

みのりの多い大会でした。

次回は5年後かな。ぜひ実行委員会に参加したいものです。

なんたって、作ってる側がいちばん楽しいもんね。

会場前の桜は満開。

生命の力を感じた三日間でした。

| | コメント (0)

2025年3月30日 (日)

無名にとどまる

無名であることは、私たち全体の霊的な基礎である

—伝統12

今回のAA日本50周年記念集会、色んな意味で伝統を考えさせられた。

伝統は、AA全体の指針であると同時に、ぼくたちひとりひとりがAAメンバーとしてどう振る舞い、どうあるべきかを教えてくれる。

ぼくたちAAメンバーは誰しも、ときに「有名な」AAメンバーになるリスクを抱えている。

無名を脱ぎ捨て、実名で「有名な」AAメンバーになれば、当然そのアノニミティ(匿名性)は失われる。

そしてその有名になったAAメンバーの発言や振る舞いは、ときにAA全体のモデルとして、いつの間にか代表性を身にまとう。

そうなれば、高慢のワナにおちいるのは時間の問題だ。

ぼくは、ぼくたちは酔っ払うだろう。

酒に酔うくらいだったらまだいい。

高慢、うぬぼれ、肥大したエゴ。名声欲。

そんなものに酔っ払ったら、きっとあとでおそろしく後悔する。我が身を振り返って恥じるだろうし、何よりもハイヤーパワーの意志ではなく自分のエゴを優先させたことを恥じる。

そして同時に、AA全体を危険にさらす。

 

ぼくは「有名な」AAメンバーになりたくない。

ひとりの無名のAAメンバーとしてまだ苦しんでいるアルコホーリクにメッセージを伝え、回復の役に立ちたい。

12番目の伝統は謙虚さ、謙遜の実践だ。

「12のステップと12の伝統」の伝統12の冒頭は、こんな文章で始まる。

無名であることの本質は犠牲である

と。

共通の善のためには個人の欲望を手放すよう繰り返し求めている、とも。

 

有名になりたい。

賞賛を浴びたい。

そう思う気持ちはぼくも、あなたも、誰しも、人間としてあると思う。

でも謙虚に、ときに慎重に、無名性をたいせつにすること。無名性が失われそうな場面では立ち止まり、退くこと。

二つの帽子がかぶり分けること。

自分のことよりも全体の福利を考えること。

賞賛に背を向けること。

無名であることはぼくにとっても、霊的な生き方の基礎であると言うこと。

 

ときどきもう、面倒な設定は止めたくなるときもあります。何でオレばっかり、とも。

でもねえ。

やっぱりこれは、高慢のワナにおちいるな、犠牲と謙虚さを身につけて生きろと、ハイヤーパワーが伝えているような気がするんですよ。

| | コメント (0)

2025年3月29日 (土)

AA日本50周年記念集会

AA日本50周年記念集会に来ています。

恥ずかしながら、この手のビッグイベントに参加するのははじめて。

ふだんのセミナーやラウンドアップにも増して大勢の仲間が大集合しているのを見て、圧倒されています。

進行や会場の様子を見てても、たくさんの仲間が時間をかけて、事前に入念な下準備をしていたのが分かります。

ほんとうに感謝ですね。

まずは50周年記念集会の限定版ビッグブックを購入っと。

3日間の分かち合いを楽しみましょう。R0000693

| | コメント (0)

2025年1月 6日 (月)

新しいレンズを試してみる

きょうはカメラの話。

以前に購入して放置していたレンズを使って試し撮りをしてみた。

KAMLAN KAM0019 [KAMLAN 50mm F1.1 II 富士フイルムXマウント]

富士フイルムカメラ用の交換レンズである。

家の中の手近なものを何枚か撮ってみた。

 

Dscf9014

絞り開放(F1.1)、シャッタースピードとISOはオート、JPEG撮って出し、加工なし。

マニュアルレンズなので、ピントは自分でフォーカスリングを回して合わせる。

これがなかなか合いづらい。

 

・被写界深度が浅いのでピントの合う範囲が浅い

・老眼なのでファインダー上の画像がにじんで見える(これが大きい)

・そもそもカメラ経験値が低い

 

ということで、このレンズを使いこなすには修行が必要な印象。

よい点もたくさんある。

 

・ボケが美しい

・レンズがずっしり重いので手になじむ

・フォーカスリングを回す感覚がなんかイイ

 

Dscf9016

 

Dscf9017

 

ただ、大事な場面に使うのは当面控えた方がよさそう。

記念写真などがピンボケでパアになるリスクが大。

まずはしっかりつきあって、経験値を高めることですね。

web上には、このレンズで撮った美しい写真がたくさんアップされている。

結局、道具の価値を引き出せるかどうかはその人しだいってことですね。

さて、今年も今日から仕事始め。

またがんばりましょう。

| | コメント (0)

2025年1月 4日 (土)

2025年(令和7年)明けましておめでとう!

2025年になりました!

令和も7年。21世紀になってはや24年。

まさか自分がこんな未来に生きるようになるとは、10代や20代のころは考えてもいませんでしたよ。

明けましておめでとうございます。

皆さま、令和7年の年明けはいかがお過ごしでしょうか。

 

ぼくはと言えば、郡山のAAなみきG年越しミーティングに参加する予定だったんだけど、あいにくひどい風邪を引いてしまい残念ながら不参加。

まあしかたがない。

無理して参加することも不可能ではなかったんだけど、仲間に伝染すわけにはいかない。

コロナやインフルエンザの可能性も否定できない。

仲間に電話して、キャンセルさせてもらいました。

 

今年の正月休みは9連休だったんだけど、そんなワケで4日ほどは風邪でダウン。1日は職場で仕事。

残りの4日も家でテレワーキング。ていうか仕事を持ち帰ってずーっとやってました。

まあ、この北陸地方は時間があるからと言ってそうそう遊びに出かけられるわけじゃない。絶え間なく雪が降ってるからね。

窓の外の雪を見ながらパソコンぱたぱた。

Img_7751

こんな正月があってもいいよね。

 

あすは久しぶりにオンラインのAAミーティングに参加したいと思います。

どこかやってるかな。

 

皆さまはどんなお正月でしたか?どんな一年を望みますか?この一年でどんなことをしたいですか?

ぼくもやりたいことがたくさんあるけれど、まずは目の前の仕事を終わらせないとね。

 

| | コメント (2)

2024年12月27日 (金)

2024年10月5日、AA東北ラウンドアップ in マウント磐梯参加

少し古い話だが、久しぶりにAAの宿泊イベントに参加してきた。
2024年10月5日、その名も「東北ラウンドアップ in マウント磐梯」。
AA福島地区40周年を記念したイベントである。

仲間が集まり、一泊二日の期間で語り、体験を分かち合う。
ラウンドアップは何度も参加して勝手は分かっているつもりだった。
それを抜きにしても、とてもすばらしいイベントだった。Img_6976

不安もあった。
ぼくはいま現在、AAのアクティブメンバーとはとても言えない状況だ。
ぼくが知っているメンバーも減っているし、ぼくのことを知っているメンバーも以前ほどは多くない。
宿泊のイベントで浮いてしまったらどうしようかとも思った。
でも結果的に、何の不安もなかった。
自分のAAメンバーとしてのアイデンティティ、大きな共同体の一員であることを再確認できた。

全国から150名以上のAAメンバーが集まった様子は、壮観のひと言だった。
そして仲間の語り。オールドタイマー、ニューカマー、関東、関西、東北、全国。

今回のテーマのひとつが、震災の苦境と、そこからの回復。
ぼくは震災のあとに福島を離れた。
けれど、福島の仲間たちの時間と経験は中断することなく、そのあとも今に至るまで連綿と続いている。
飲まない生き方を続け、伸ばし、新しい仲間の手助けをする。ミーティングを開き続け、グループを運営し、サービスを継続する。
その取り組みの中で、ほんとうにおおくの新しい仲間がソブラエティを得ることができていた。
それはほんとうにすごいことだし、その結果おおくの命が救われ、今を生きることができている。
そのことを、気負いなくおおくの仲間が「自分のため」と、淡々と続けている。続けることを続けている。

それをあらためて知ることができて、ほんとうによかった。月並みな表現だけど、感動した。
ぼくは正直、いまが苦しい。仕事の重圧に押しつぶされそうだし、休日もろくすっぽ取れない。
いまの仕事を辞めて福島に戻って、のんびりと仕事をしつつAA活動に力を入れたいという気持ちもある。
でもまず、いま自分が置かれている場所で、自分を必要としてくれている人たちのためにがんばろう。
今の職場の土台をしっかり作って、ぼく、あるいは他のだれかの個人的な献身に頼らずとも回る仕組みを作ろう。
ぼくにはAAがあり、そこにはいつでも帰ることができる。
だから今、自分に課せられている課題から逃げずに、しっかり取り組もう。
そんなことを考えながらラウンドアップを過ごした。

ご飯もおいしく、温泉でしっかり身体を温めることもできた。
ほんとうに最高のラウンドアップだった。Img_6982

| | コメント (2)

2024年12月 6日 (金)

読書記録をつけたいが

さいきん、アウトプットばかりで自分の中身が空っぽになっている気がする。

新しい知識や気づきが得られていない。インプットが足りない。

アイディア出しとかブレインストーミングとかの場でも、過去の二番煎じ、三番煎じばかり。

これはいかん。

まずは読書。本を読みたい。読みあさりたい。

空いた時間を使って本を読むのではなく、本を読むために時間を空けたい。

そう思って、近ごろは読書の優先順位を上げております。

 

が、ここで問題が。

本棚を眺めていると未読のおもしろそうな本がたくさん並んでいるんだけど、読んだはずの本の背表紙を眺めても中身がまったく思い出せない。

わずか半年ばかり前に読んだはずの本が、ほぼ記憶に残っていない。

これではよくない。

以前から読書ノートをつけようとは思っていたが、めんどうでまったくやっていなかった。

今回こそ読書ノートプラン、発動!

 

…と思ったが、ここで問題が。

手書きノートは、いまや字があまりにも汚くなりすぎてて論外。

となるとExcelか何か、あるいはWebサービスを利用するか。

はたまたMacかiPhoneアプリか。

ただ、アプリは廃番になるリスクもある。これから10年、20年経ったときに読み返せないと意味がない。

Webサービスは、調べたらnotionというサービスがよさそう。

ただ、Evernoteの前例がある。

あれほど大人気だったEvernote、いまや自分もまったく使っていない。日本法人も撤退し、オワコン化している。当然、有料プランも脱退した。

notionが数十年後に稼働しているかはまったくの未知数。

となるとExcelか。でもめんどうだなー。Excelのシートにポチポチ入力、うーむ。

 

となるとやっぱり手書きノートか。でも、書名や著者、訳者を書き写すのは手間なんだよなー。

うーんうーん。

 

などと悩んでいるとキリがない。

もしパソコンもWebサービスもない時代だったら、きっとこんなに悩まないだろう。

人間、選択肢が多いと逆に決められないものです。選択肢がひとつ増えるたびに、比較検討の組み合わせが等比級数的に増えるもんね。

いちおうnotionのアカウントを作ったけれど、まずは手書きノートかなー。うーん。

| | コメント (1)

2024年12月 3日 (火)

30年前のクリスマスの長く退屈な夜

あれはたしかもう30年以上前のことなんだけど、ぼくは何者にもなれず、何者にもなりたくなく、ただ日々をイラついて過ごし、しょっちゅう大量飲酒を繰り返していた。

20代半ばの日々。

ある冬の日、寒さと孤独に耐えかねて、友だちに電話して一晩をデニーズで過ごした。

Yくんはぼくよりも2歳か3歳年下で、要領よく実入りの良いアルバイトを見つけて、なんとなくリッチそうだった。

SくんはYよりさらに2歳か3歳年下で、高校を中退して大検受験を目指していた。

ぼくはと言えば、卒業する見込みのまったく立たない大学をやめようかどうしようか、出ない答えを探してぐるぐると同じところを回っていた。

そんな3人が集まった冬の夜。

話なんてない。話すことは何もない。

恋人なんて誰もいない。今みたいにスマホもない。

みんなぶ然として、ただひたすらに煙草に火をつけ、お代わり自由のコーヒーをがぶ飲みしていた。

そのうち、だれかが気がついた。

おい、きょうってクリスマスイブじゃなかったっけ。

見まわすと他の客席は、しあわせそうなカップルや夫婦、家族連れでいっぱいだった。

店内にはクリスマスソングが流れていた。

デニーズに入ってからすでに2時間ばかりが経っていたけど、3人のうち誰ひとりとしてそのことに気がつかなかった。

 

クリスマスなのにいっしょに過ごすガールフレンドもいねえのかよ。

知らねえよ。お前だっていないじゃないか。

オレは良いんだよ。いないんじゃなくてあえて作らないんだよ。お前とはちがうんだよ。

そんなこと言ったって、こうしてデニーズにボケッとしているのは変わりねえじゃねえか。

だからマインドがちげえんだよ。マインドが。

 

そんなことを繰り返し言い合っていたのをおぼえている。

どうやって家に帰ったのかはおぼえていない。

たぶん、どうでもいい与太話を繰り返したあげく、深夜か明け方に寒さに震えながら家に帰ったのだろう。

 

ほどなくYくんは仕事を見つけて他県に移っていった。

Sくんは自宅で受験勉強に励んでいると風の便りに聞いた。

ぼくはと言えば、いい加減留年を繰り返してもいられず、卒業しておいた方がいろいろ有利だろうという打算で、気が進まないまま大学に復帰した。

彼らと会うことも連絡を取りあうこともなくなった。

 

Sが焼身自殺を図ったと聞いたのは、それからしばらく経ってからだった。

Sはいつしかこころを病んで、精神科に通っていたという。

どこかで深く絶望して、自らに火をつけて自殺を図ったと、例の店のマスターから聞いた。

ときどきは店に来ていたけど、受験も将来もうまくいかず、将来が見えなくなっていた。

親からのプレッシャーもあり、苦しんでいたようだったと。

家は焼け、彼は助からなかった。

 

ぼくが彼の死を知ったときには、もう葬儀はすべて終わっていた。

マスターは彼の両親から連絡を受け、彼の葬儀に立ち会ったという。

その際に遺品をいくつかあずかってきたという。

 

これ、お前にやるよ。Sの形見だ。持って帰って弾いてやれ。

そう言ってマスターはぼくに、Sのギターをくれた。

オービル・バイ・ギブソンの、ダークチェリーレッドのSG。

出火元から近かったのだろう、ネックは一部が焦げて塗装に火ぶくれができていた。

ぼくはそれを近くの楽器店に持ち込み、修理を頼んだ。

これ、火の影響でネックの内部もダメージがありますよ。ネックごと交換した方が良いですよ。

いや、このままでいいんです。焦げもそのままにしてください。弾きにくいところだけ再塗装してくれればそれでいいんです。

 

冬が近づくたび、ぼくは彼のことを思い出す。

彼と彼の死と、いまも家にあるオービル・バイ・ギブソンのダークチェリーレッドのSG。

ぼくは彼のことが好きだった。

才能のある男だった。ぼくよりも年下なのに、ギター歴も浅いのに、味のあるブルースギターを弾くことができた。

言葉の端々に、ハッとするような鋭い批評と洞察が込められていた。

ブルースや古いフォークミュージックばかりのぼくの界隈で、彼は実験的なダンスミュージックにも精通していた。

直接は見たことはないけど、画が達者で美術の才能もあったと聞く。

生きていたらきっと、もっと彼の才能は花開いていただろう。

 

もしも叶うなら、もう一度あの夜に戻りたいと思う。

男3人が押し黙ってタバコをひたすら吸い続けた、あのクリスマスイブに。

ぼくはその時間が好きだった。楽しかった。

彼らと過ごす時間は、何も話さなくてもこころが落ち着いた。ささくれだった気持ちをひととき忘れることができた。

彼らも同じ気持ちだったのだろうか。分からないけれど、きっとそうだったと思いたい。

あのクリスマスの夜が永遠に続けばよかった。

 

30年以上の月日が経った。

Yはいまも独身だと聞いた。あのデニーズはリニューアルして、3人で座ったあの席はもうない。

ギターを修理した楽器店はとうにつぶれた。そこに楽器店があったことを知る人も、だんだん少なくなってきた。

ぼくはと言えば、こうしてデニーズに来るたび彼のことを思い出し、後悔をしている。何を後悔しているのか、自分でも分からない。

でも12月が来るたび、思いだし、後悔し続けるのだろう。

| | コメント (7)

2024年8月10日 (土)

今年の夏は過ごしやすいね

いやー、ブログをサボっている間に、気がつけば夏真っ盛りになっていました。

実は「お盆」というのがいつを指しているのか良く分かっていないカオルです。

皆さま、いかがお過ごしでしょうか。

 

今年の夏は若干過ごしやすい。

まあ暑いのは暑いんだけど、ぼくが住んでいる地域は朝晩はさほどでもない。今朝は23度くらい。

おかげで朝ランも続いている。続いているというか、手術が終わったあとから順調に再開できている。

さすがに日が昇ると暑いんだけど、まだ日が昇りきらない5時前後は快適だ。

音楽を聴きながら海沿いを7,8キロばかりトコトコ走っていると、ああ、気持ちいいな、しあわせだな、と思う。

Img_6517

しかし、トシとともにだんだん走力が落ちてくるね。

きのうはちょっと張り切って10キロ走ったんだけど、もういちにち疲れて眠くて、仕事にならなかった。

ほんの数年前まで、調子が良ければ朝ランに16キロくらいはふつうに走れたんだが…まあ、言っても仕方なし。

ガツガツせず、気持ちの良い夏の朝を楽しみましょう。

| | コメント (2)

2024年6月11日 (火)

She's lost control 彼女はコントロールを失った

Confusion in her eyes that says it all
She's lost control
And she's clinging to the nearest passerby
She's lost control

彼女の目の前の混乱がすべてを物語っている
彼女はコントロールを失った
彼女は近くの通行人にしがみついている
彼女はコントロールを失った
彼女はまたコントロールを失った
彼女はまたしてもコントロールを失ってしまった

Joy division She's lost control

ジョイ・ディビジョンのボーカリスト、イアン・カーティスは障害者雇用センターで働いていたとき、何度もてんかん発作を起こす女性利用者にインスパイアされてこの曲を書いた。やがて彼女はてんかん発作のために亡くなったという。
不穏なリフと無機質なビートが執拗に繰り返されるこの曲で、「彼女はコントロールを失った」というフレーズはどこか諦念をともなった呪文のように淡々と繰り返される。
言うまでもなくこの曲はジョイ・ディビジョンの代表曲で、他の楽曲と同じく死の影に包まれ、やがてバンドはイアン・カーティスの自殺で終焉を迎える。

私たちはいつもコントロールを失う。
ぼくもそうだ。
感情のコントロール、抑制のコントロール、日々それを求めては最終的に失敗する。
陰性感情やどうにもならない欲求を、誰もがコントロールしたいと願う。怒りや爆発や恨みを抱えたまま一生を過ごしたいと思う人など誰もいない。
でも結局は、過去にとらわれ、感情にとらわれ、コントロールを求めては失敗する。

てんかん発作に苦しんだあげくに亡くなった利用者を取り上げたこの曲は、悲しみや同情、その他どのような感情もすべて排している。
ただ「彼女はコントロールを失った」という呪文のようなフレーズを繰り返すだけだ。
そこにはコントロールを失ったイアン・カーティス、コントロールを失った私たちがいるだけだ。
亡くなった彼女が立っていた場所に、イアン・カーティスの感情を排したボーカルと無機質なビートは、ぼくたちを連れていく。

AAのプログラムでは、私たちはスピリチュアルに病んでいて、神だけが健康な心を取り戻してくれるという。
その考えを使ってぼくはここまで生き延びてきたけれど、その一方でこうも思う。
コントロールを失った、自分をコントロールできないというのは、なんとおそろしいことだろう。
私たちは肝心な時にかぎってコントロールを失い、怒りをぶつけるべきでない人に怒りをぶつけ、悲しませるべきでない人を悲しませてしまう。
コントロールを失った自分にうんざりして自己嫌悪にまみれ、でもまた月日が経てば同じことを繰り返す。
それでもそんな自分とともに、ぼくたちは生き延びていくしかない。
やっかいなんだけどね。

| | コメント (0)

2024年5月16日 (木)

おっさんホイホイ、LPレコードのワナ、ボーン・イン・ザ・USA

LPレコード。ターンテーブル。

一昔前まではオーディオマニアか、一部のもの好きの懐古趣味ととらえられていた。

自分もレコードが好きで、ターンテーブルもずっと手放さないでいた。

が、まあ面倒と言えば面倒。

レコード棚から目的のレコードを探し当てる。

ビニール袋からジャケットを取り出し、ジャケットから内袋を取り出す。内袋からレコードを取り出す。

レコードをターンテーブルに載せ、ホコリがあればホコリをクリーナーで取る。

レコード針を持ち上げ、レコードの縁に位置を合わせ、静かにレコード針を下ろす。

 

スマホで音楽を聴くのに比べ、音楽を聴こうと思ってから実際に音が出るまでに、何段階ものプロセスが必要だ。

正直、面倒くさい。

レコードやカセットしかなかった時代は、その手順が面倒だと思ったことはいちどもなかった。

が。

CDの時代が訪れ、MDの時代が訪れ、iPodが発明され。

いまではスマホで手軽に世界中の音源にアクセスできる。迷子になったレコードを求めて、棚を片っ端から探しまわることもない。

それでもいまだにレコードに惹かれてしまうのは、やっぱりレコードというものが自分の音楽の原体験だから何だと思う。

 

そして今。

レコードは同じような気持ちのおじさんたちをターゲットとした、新たな市場となった。

次々と再発されるLPレコードの数々。

そのほとんどが、60年代から90年代にかけての往年の名盤たちだ。

ピンクフロイド。ボブ・ディラン。ドアーズ。マドンナ。山下達郎。

そして値段が高い。

 

一例を挙げる。

Bruce Springsteen/ボーン・イン・ザ・U.S.A.<完全生産限定盤/レッド・クリア・ヴァイナル>

タワーレコード価格で4,400円。

Bornintheusa

 

『ボーン・イン・ザ・U.S.A.』40周年記念カラーヴァイナルが6月発売決定! | ブルース・スプリングスティーン | ソニーミュージックオフィシャルサイト

完全生産限定版、カラーレコード仕様、日本盤のみ特色シルバー巻き帯、英文ライナー翻訳、解説・歌詞・対訳付と言うのがまた購買意欲に拍車をかける。
完全に中高年、もっと言えば50代後半以降のおじさんのふところを狙った商売だ。

値段も微妙である。「おじさんたち、もう50代後半でしょ。このくらいなら出せるでしょ。もう子育ても新しい人生設計もないんだし、小銭を貯め込んでもしょうがないでしょ。払ってちょうだいよ」

そう言われている気がする。む。

ボーン・イン・ザ・USAは日本でもめちゃくちゃ売れて、一時期は中古盤が市場でだぶつき、ワゴンセールで300円とか500円で売っていた記憶がある。

それがよんせんよんひゃくえん。

 

うーむ。

 

なんでこんなことをグダグダ書いているかというと、迷っているのである。

おっさんホイホイ、レコード会社の思うつぼと言われればそれまで。

だが。

たとえマーケットの格好の標的と言われようと、買っても聴くのはせいぜい2,3回でしょと妻に言われても、小林克也の声が脳裏によみがえり、街中のレコード店がこのLPを飾っていた時代に青春を過ごした身としては、購入したいのである。

しかしよんせんよんひゃくえんかあ。

それだけあったら妻とおいしい海鮮丼が食べられるしなあ。

でも海鮮丼はいっかい食べたらそれっきりだしなあ。

このジャケットを見るたびにあのころの気持ちがよみがえるのは何ものにも代えがたいし。

でもよんせんよんひゃくえんかあ。

 

というワケで逡巡はとうぶん止まらなそうである。コマッタ。

| | コメント (2)

«昨年の入院、今年の入院