2024年6月11日 (火)

She's lost control 彼女はコントロールを失った

Confusion in her eyes that says it all
She's lost control
And she's clinging to the nearest passerby
She's lost control

彼女の目の前の混乱がすべてを物語っている
彼女はコントロールを失った
彼女は近くの通行人にしがみついている
彼女はコントロールを失った
彼女はまたコントロールを失った
彼女はまたしてもコントロールを失ってしまった

Joy division She's lost control

ジョイ・ディビジョンのボーカリスト、イアン・カーティスは障害者雇用センターで働いていたとき、何度もてんかん発作を起こす女性利用者にインスパイアされてこの曲を書いた。やがて彼女はてんかん発作のために亡くなったという。
不穏なリフと無機質なビートが執拗に繰り返されるこの曲で、「彼女はコントロールを失った」というフレーズはどこか諦念をともなった呪文のように淡々と繰り返される。
言うまでもなくこの曲はジョイ・ディビジョンの代表曲で、他の楽曲と同じく死の影に包まれ、やがてバンドはイアン・カーティスの自殺で終焉を迎える。

私たちはいつもコントロールを失う。
ぼくもそうだ。
感情のコントロール、抑制のコントロール、日々それを求めては最終的に失敗する。
陰性感情やどうにもならない欲求を、誰もがコントロールしたいと願う。怒りや爆発や恨みを抱えたまま一生を過ごしたいと思う人など誰もいない。
でも結局は、過去にとらわれ、感情にとらわれ、コントロールを求めては失敗する。

てんかん発作に苦しんだあげくに亡くなった利用者を取り上げたこの曲は、悲しみや同情、その他どのような感情もすべて排している。
ただ「彼女はコントロールを失った」という呪文のようなフレーズを繰り返すだけだ。
そこにはコントロールを失ったイアン・カーティス、コントロールを失った私たちがいるだけだ。
亡くなった彼女が立っていた場所に、イアン・カーティスの感情を排したボーカルと無機質なビートは、ぼくたちを連れていく。

AAのプログラムでは、私たちはスピリチュアルに病んでいて、神だけが健康な心を取り戻してくれるという。
その考えを使ってぼくはここまで生き延びてきたけれど、その一方でこうも思う。
コントロールを失った、自分をコントロールできないというのは、なんとおそろしいことだろう。
私たちは肝心な時にかぎってコントロールを失い、怒りをぶつけるべきでない人に怒りをぶつけ、悲しませるべきでない人を悲しませてしまう。
コントロールを失った自分にうんざりして自己嫌悪にまみれ、でもまた月日が経てば同じことを繰り返す。
それでもそんな自分とともに、ぼくたちは生き延びていくしかない。
やっかいなんだけどね。

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2024年5月16日 (木)

おっさんホイホイ、LPレコードのワナ、ボーン・イン・ザ・USA

LPレコード。ターンテーブル。

一昔前まではオーディオマニアか、一部のもの好きの懐古趣味ととらえられていた。

自分もレコードが好きで、ターンテーブルもずっと手放さないでいた。

が、まあ面倒と言えば面倒。

レコード棚から目的のレコードを探し当てる。

ビニール袋からジャケットを取り出し、ジャケットから内袋を取り出す。内袋からレコードを取り出す。

レコードをターンテーブルに載せ、ホコリがあればホコリをクリーナーで取る。

レコード針を持ち上げ、レコードの縁に位置を合わせ、静かにレコード針を下ろす。

 

スマホで音楽を聴くのに比べ、音楽を聴こうと思ってから実際に音が出るまでに、何段階ものプロセスが必要だ。

正直、面倒くさい。

レコードやカセットしかなかった時代は、その手順が面倒だと思ったことはいちどもなかった。

が。

CDの時代が訪れ、MDの時代が訪れ、iPodが発明され。

いまではスマホで手軽に世界中の音源にアクセスできる。迷子になったレコードを求めて、棚を片っ端から探しまわることもない。

それでもいまだにレコードに惹かれてしまうのは、やっぱりレコードというものが自分の音楽の原体験だから何だと思う。

 

そして今。

レコードは同じような気持ちのおじさんたちをターゲットとした、新たな市場となった。

次々と再発されるLPレコードの数々。

そのほとんどが、60年代から90年代にかけての往年の名盤たちだ。

ピンクフロイド。ボブ・ディラン。ドアーズ。マドンナ。山下達郎。

そして値段が高い。

 

一例を挙げる。

Bruce Springsteen/ボーン・イン・ザ・U.S.A.<完全生産限定盤/レッド・クリア・ヴァイナル>

タワーレコード価格で4,400円。

Bornintheusa

 

『ボーン・イン・ザ・U.S.A.』40周年記念カラーヴァイナルが6月発売決定! | ブルース・スプリングスティーン | ソニーミュージックオフィシャルサイト

完全生産限定版、カラーレコード仕様、日本盤のみ特色シルバー巻き帯、英文ライナー翻訳、解説・歌詞・対訳付と言うのがまた購買意欲に拍車をかける。
完全に中高年、もっと言えば50代後半以降のおじさんのふところを狙った商売だ。

値段も微妙である。「おじさんたち、もう50代後半でしょ。このくらいなら出せるでしょ。もう子育ても新しい人生設計もないんだし、小銭を貯め込んでもしょうがないでしょ。払ってちょうだいよ」

そう言われている気がする。む。

ボーン・イン・ザ・USAは日本でもめちゃくちゃ売れて、一時期は中古盤が市場でだぶつき、ワゴンセールで300円とか500円で売っていた記憶がある。

それがよんせんよんひゃくえん。

 

うーむ。

 

なんでこんなことをグダグダ書いているかというと、迷っているのである。

おっさんホイホイ、レコード会社の思うつぼと言われればそれまで。

だが。

たとえマーケットの格好の標的と言われようと、買っても聴くのはせいぜい2,3回でしょと妻に言われても、小林克也の声が脳裏によみがえり、街中のレコード店がこのLPを飾っていた時代に青春を過ごした身としては、購入したいのである。

しかしよんせんよんひゃくえんかあ。

それだけあったら妻とおいしい海鮮丼が食べられるしなあ。

でも海鮮丼はいっかい食べたらそれっきりだしなあ。

このジャケットを見るたびにあのころの気持ちがよみがえるのは何ものにも代えがたいし。

でもよんせんよんひゃくえんかあ。

 

というワケで逡巡はとうぶん止まらなそうである。コマッタ。

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2024年5月14日 (火)

昨年の入院、今年の入院

ブログでは触れてなかったんだけど、昨年は2回入院しました。

最初は急性胆のう炎、2回目はその後の胆のう摘出術。

胆石ができてて、それが悪さをしたらしいです。

最初の急性胆のう炎のときは高熱が出て、もう死ぬかと思いました。

2回目は手術。

こちらも手術が終わって最初の日はベッドで寝返りを打つこともできず、ひたすら天井を眺めて時間が過ぎるのを待つばかり。

どちらも1週間程度の入院で終わったけど、2回も入院するとへこみますね。

 

で、今年は今年でまた入院の予定。またしても外科。

んー。

ジョギングもしているし食事も気をつかっている。それでもだんだん、病院のお世話になることが増えてくる。

歳を取ると言うことは、そう言うものなんですね。

そう言えば先日、久しぶりに地元の同級生に会ったら、彼も昨年は心臓の手術をしたと言っていた。

50代も後半。

健康も時間も有限だと言うことを、あらためて気がつかされる今日このごろです。

 

無駄なことをしているヒマはない。と自分の中のだれかが言う。

無駄かどうかなんて誰にも分からない、目の前のことを懸命に。目の前の人を大切に。ともうひとりのだれかが言う。

有限の時間と能力の中でより良く生きること。

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2024年5月13日 (月)

もう一度、朝の祈りを

今さらだけど、11ステップの祈り、中でも朝の祈りを。

 

朝目が覚めたら、自分の目の前にある二十四時間のことを考えよう。その日の計画を立てる。取りかかる前に、神に私たちの考えに導きを与えてくださるように、取り分けそれが自己れんびん、不正直、利己主義と言ったことから切り離されるよう、助けを求める。

(アルコホーリクス・アノニマス 第六章「どうやればうまく行くのか」)

 

今日から月曜日。とってもだるいです。

先の土日は家から一歩も出ず、原稿を書いたりギターを弾いたり料理をしたり本を読んだり。

それはそれで充実していたしリフレッシュできたんだけど、また仕事に戻る気力が落ちている。

やりかけの仕事、言いたくないけれど言わなくてはいけないこともあるし、やりたくないけどやらなければいけないこともたくさんある。

でも、そのほとんどはおそれが原因だ。

相手から悪く思われたくない。反発が怖い。めんどうな仕事で業務がスタックしてしまうのがおそろしい。

そしてそれがまた、先延ばしをするもっともな言い訳がある。

結果、先延ばしして事態が悪化するのが分かっていながら先延ばしを考えてしまう。

そして先延ばししたことが罪悪感と、さらなるおそれを作りだしてしまう。

恐れ、不安、自己れんびん、不正直。

結果的に、そういったものを手放した方が、少なくとも手放せるよう祈った方が、ずっとうまく行く、

 

こうして私たちは自信を持って自分の知能を使っていける。髪は使うために知力を与えてくれたのだ。自分の考えの中から良くない動機が消えたとき、私たちの考える力はずっと高い水準に達するだろう。

(同)

 

これはほんとうにそのとおり。

自分の中に恐れや不安が巣くっているときはそれで頭がいっぱいだし、知恵も回らない。

心が穏やかでオープンなときの方が、ずっとうまく行く。そもそも、気分がいい。

自分の意志ではなく神の意志が行われることを、私が祈れますように。

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2024年5月12日 (日)

初夏の日射しとコーヒー

長い長い冬がようやく終わり、気がつけば春も過ぎつつある。

初夏の日射しがまぶしい。

いま住んでいる北陸は、冬が厳しい。でもその分、春から夏に移る季節はとてもドラマチックで美しい。

家の中に差す日射しも、色模様を変えている。

初夏の光を浴びながら、お気に入りのコーヒー豆を挽いてハンドドリップで淹れる。

ちょっと前までは手挽きで豆を挽いていたんだけど、さすがに面倒になってきたので、近ごろはグラインダーを使っている。

それでも、ハンドドリップで淹れると豆が膨らんでドームを作り、あたりにコーヒーの香りがただよう。

お気に入りの音楽をかけるのも良いけど、こういうときは朝の静寂とコーヒーの匂いだけでじゅうぶん。

さて、やりかけの宿題をやらなくっちゃね。Dscf1907

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2024年5月 7日 (火)

M1 Macはいつまで持つのかモンダイ

ぼくのMacは13インチMacBookPro M1 2020年モデルである。メモリは16 GBだ。

これがまあ、よく動いてくれる。

購入したのが2020年。令和2年。

いまが2024年(令和6年)の5月だから、まる4年間使い続けている。

今のところ、ストレスなし。

最近はDTMもごぶさたなので(シクシク)処理に負荷のかかる作業もない。

そうは言っても、ときにはWordとExcelとPowerPoint、写真アプリ、メールソフト、ブラウザを同時に立ち上げて作業することもある。

Zoom、SPSSも同時起動することもある。

それでも、このMacBookProM1 2020はびくともしない。や、正確に言えばレインボーカーソルですか。処理が遅くなったりソフトウェアが落ちたりすることもない。

Netflixやアマプラの動画も余裕で外部ディスプレイで再生できる。

堅牢にして堅実。高い信頼性。

 

今までだとだいたい4年にいっぺんくらいMacを買い換えていたように思う。

が、この機種はまだまだ行けそう。OSやソフトウェアのアップデート具合にもよるけど、あと2年くらいは余裕で行けそうだ。

悪名高いMacのインタフェース問題も、USB3に落ち着いている。

かつてのFireWireとかThunderboltとかlightningとか、いったい何だったんだ。

そういやSCSIなんてのもあったぞ。DVIとかミニDVIとかもあったぞ。

 

この辺、調べたらおもしろいサイトがあった。

The Apple I/O Death Chart - Bobby Owsinski's Music Production Blog

ブログはいつ消えちゃうか分からないので画像も貼っておきます。

S01

ほんと、死屍累々。

FireWireケーブル、いまだに捨てきれず大量に持っています。400も800も何本もあるぞ。

昔のMacもまだ持っているんで、捨てられないぞ。どーすんだ。

 

話がそれたが、M1Macはまだまだ使える。

インフレと円安の影響で値段はますます上がるばかりだが、当面はM1でがんばります。

さてと、仕事に戻りますかね。

 

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2024年5月 6日 (月)

完璧主義と理想主義

久しぶりにリビングソーバーを読んでみた。

"問題飲酒者というのは完全主義者であり、どんな欠点も許すことができず、特に自分自身の欠点には我慢ならない人間だとよく言われる。自分にとって到達不可能な目標を定めながら、それでも、絶対に届かない理想を目指して必死に苦闘する(中略)やがては自分でもそれが手の届かないことを知る。そこで落ち込みやうつ状態に入る。超完全主義に及ばなかった自分に腹を立て、自罰的になる"

Dscf1902

ギクゥッ!

アカン。

完全に当てはまっている…。

参ったね。

 

最近、仕事の量が増えすぎて完全にコントロールを失っている。

ゴールデンウィークは、仕事で終わった。

誰もいない職場で黙々とやり残した書類や残務を片づけたが、まだまだ終わらない。

今さらながら気がついた。

これ、完全に自分のこなせる業務を越えている…。

 

ちょっとだけ言い訳をすると、断れないのである。

今の現場に来てから会議が増えた。現場を代表しているので断れない。

書類、現場仕事、管理業務、育成業務、対外業務。増えることはあっても減ることのない業務。

メールの返信も、即答を忘れるとずるずると1,2ヶ月が経ってしまう。

 

結果的にできない仕事を引き受け、焦げ付き、後始末でさらに業務量が増える。

仕事を断れないのは、自分の弱さゆえか。

あるいは、相手から失望されたくないという我が身かわいさゆえか。

完璧主義と言うよりは、気の弱さである。

自分の限界を知り、認め、その範囲で仕事をする。

できないことはできないと言う方が、安請け合いよりずっと誠実な態度だ。

それは分かっているはずなのに。

 

そろそろ棚卸しが必要な時期になってきているのかも知れないね。

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2024年2月 5日 (月)

ノスタルジックな写真、フジフイルム X-100V

富士フイルムのカメラが好きだ。

コンデジやミラーレスなどいろいろ試したけれど、今はもう富士フイルムのX-100V一本に落ち着いている。

X-Pro3も持っているんだけど、やっぱりボディにレンズを装着すると、いちばん小さいレンズにしてもかなりがさばる。

旅行や出張の時、さっとリュックサックや手持ちバッグに入れて持ち出せて、なおかつ写りがいいカメラとなると、X-100Vが今のところマイベスト。

何というか、ノスタルジックな写りがとてもいい。

写真は某新潟県内の田舎の蕎麦屋。

いろり席での一枚。

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こちらは天ぷら。ってそのまんまですね。

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小さいモニターだとただのボンヤリした写真なんだけど、少し拡大するとフィルムカメラの粒子感やきれいなボケ感が分かるかと思う。

なんてことない壁の突き当たりも、光が壁に散乱するグラデーションが何とも言えず、イイ。

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こちらはその辺の雪景色。

暗くてピントが甘い写真のように見えるかもしれないんだけど、これが良いんです。

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ちょっと暗い感じ、色があまりビビッドじゃない感じ、ピントがやや甘めで線が太い感じ。

どこか記憶の中の写真、ノスタルジーの中の写真のような雰囲気。

コンタックスT3に似ている。

 

コンタックスT3はお気に入りで、いまも2台持っているんだけどもうムリ。

何がムリって、フィルムも現像料も値段が爆上がりして、ちょっと日常使いはもうムリです。

カメラのキタムラのサイトで見たら、最安でフィルム1本が2,300円。探せばもっと安いところもあるんだろうけど、フィルムを2,3本撮って現像に出すだけで2万円弱くらいになりそうな勢いだ。

もうフィルムカメラはプロか好事家の領域に入ってしまったのだろうか。

昔話をしてもしょうがないんだけど、ちょっと前まで1本数百円だったものがここまで高騰するとは。

 

まあいずれまたコンタックスT3には活躍してもらう機会もあるだろう。

いまはX-100Vを相棒にして、あちこちで撮りまくるんだ。

いまは

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2024年1月30日 (火)

さよならEvernote

断捨離というわけじゃないけど、ここんとこ使わなくなったものやサービスを少しずつ整理している。

いちばん悩ましいのが音楽機材なんだけど、この辺はまたこんどあらためて触れたい。

今日はEvernoteを無料プランに戻した。

最近はほとんど使わなくなっていたし、いつの間にか移行していた有料プラン(パーソナルプランだったか)が年払い2万ほどかかっていると言うこともある。

昔保存したウェブ記事とかpdfとかもあるんだけど、おそらくもう使わない。

これがもう少し安ければ、そのままにしておいたんだけど。円安だし、2万は痛い。

 

Evernote、登場したときは画期的だった。

ウェブ記事、pdf、作成したさまざまな書類。

当時はクラウドという概念はまだなく、パソコンのローカルストレージにデータを保管するのが当たり前だった。

当然、たくさんたまれば閲覧性は悪くなるし、検索もしづらくなる。

それがネット上で、感覚的にはほぼ無限に、ファイルの種類にこだわらずになんでも保管できると言うのは魔法のサービスだった。

Evernoteが登場したのが2008年。

 

自分は2008年に何をしていたんだろう?

ブログを読み返してみる。

AAのこと、フジロックやサマソニのこと、Macのこと。DTMのこと。あとはランニングやスノーボードのこと。

ああ、いまとまったく変わっていない…………なんも進歩しとらん、オレ。

ま、まあそれはともかく。

 

あれから16年。

クラウドサービスは当たり前のものになり、無料のもの、OSと一体化したものなどさまざまなサービスが提供されはじめた。

そこにきてEvernoteの有料化、それもなかなかの値上げ。

ぼくのようなAppleユーザーは大半がiCloudサービスに入っている。

そして今どきは大半の人が、音楽や映画なんかのサブスクもたくさん加入している。

Evernoteの高い有料化を見て、ニーズの低下とweb関連に払えるお金の増加を考えれば、サービスから脱落する人は多いのではないだろうか。

スタートアップ時のクリエイターが、こんな状態をそのまま見ているとは思えない。

創業時の人たちはもう会社を売って、次のチャレンジに向かっているだろう。

 

てなわけで、一時はわが世の春を謳歌したEvernoteも今は昔。

何というか、時の流れを感じますね。

 

 

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2024年1月28日 (日)

楽観的であれ

AAで教わったことはたくさんあるんだけど、その中の一つに「楽観的であれ」と言うことがある。

AAにつながったばかりのころは、ハイヤーパワーにおまかせといったフレーズは単なる思考停止、判断放棄のように思えた。

でもそうじゃない。

 

ぼくの暮らしは、あいかわらず問題ばかりだ。

仕事で(ごく控えめに言って)ヒイヒイ言っているし、会社はどうなるか分からないし、ストレスでしょっちゅうグッタリしている。

でも、そのうち何とかなる。なるようになる。ように思う。

何とかならなかったらそのときはそのとき。

会社がつぶれたって別に世界が破滅するわけじゃない。ひょっとしたらだれかがぼくを責めるかも知れないけど、そのときは頭を下げればいい。

いまはたいへんでも、きっとどうにかなる。

AAにつながった仲間たちは、みなどこか楽観性とタフさを兼ね備えている。

だってさ、みんなひどいアル中で死ぬ寸前だったんだもの。もちろんぼくも。

それが何とか生き延びて、こうして当たり前の顔をして暮らしている。コンビニで買い物したりスマホいじったり、まるっきりふつうの人と同じ暮らしをしている。

でもそれは、ものすごいことなんだと思う。

そう思えば、これから先きついことやしんどいことがあっても、あのころに比べたらマシなんじゃないか、乗り切れるんじゃないかって思うんだよね。

12ステップ、ハイヤーパワー、そしてこの共同体、仲間たち。

最強のツールがいくつもあるわけなんですよ。

楽観的であれ。

気楽に行こう。

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2024年1月27日 (土)

やっぱり床屋さんはニガテ

むかし、村上春樹のコラムで「歳を取ると床屋が好きなる」と書いてあった。

ちなみに村上春樹は床屋を取り上げたコラムを何本か書いている。どれもクスッとする、市民の日常を切り取った秀逸な作品である。

ぼくは子どものころから床屋が苦手だった。

じっと椅子にすわっているのも苦痛だし、耳もとでハサミがたてる金属音も苦手だし、お金はかかるし、いいことは何もない。

でも髪がサッパリする感覚はキライではなかったので、自分の中では「好ましい」と「好ましくない」が入り交じった、何とも言えない両価的な感覚だった。

ただそれでも歳を取るごとに床屋への苦手意識は減っていった。

たしかこのブログでも以前、その辺のことを書いたことがある。ような気がする。

苦手意識が減ったのにはいくつか理由がある。

ひとつは村上春樹的にオトナになったこと。しかしそれ以上に、なじみの床屋を見つけることで苦手意識が減ったこともある。

むかし郡山に暮らしていたころはとても良いなじみの床屋があって、ずっとそこに通っていた。

が、神奈川に暮らしを移し、アメリカに渡り、そしていまの日本海側の住まいに移るにつれ、郡山の床屋に定期的に行くことは困難、というかほぼ不可能になった。

で、いま住んでいる街の床屋さんである。

床屋というか、美容室ですね。

 

もうこの街に住んでまる6年近くなるし、そのお店にも4年ほど通っている。

でも、慣れないのである。いまだに落ち着かないのである。

うーん、何が悪いのだろう。

お店の人は腕も良いし、よけいなおしゃべりもしない。店もしんとしているわけでもなくにぎやかすぎるわけでもない。

好ましくない要素は、何ひとつない。

でもぼくは散髪椅子にすわってからシャンプー、仕上がりまで、ほとんど緊張して過ごしてるか、現実逃避的に寝ているかのどちらかである。

そうなるとやっぱりアレですね、結局のところ、ぼくは歳を取っても床屋になれることはできなかった、と言うことですね。

今も床屋から帰ってきて、グッタリして寝ているところである。

村上春樹的に床屋に適応できるオトナになることは、とうとうできなかったっつーことですね。

まあでも。

床屋に慣れるだけが人生ではない(当たり前だ)。

自分の限界が一つ分かっただけでも見っけもんってことですね。

やれやれ。

 

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2024年1月26日 (金)

ナゴヤ再訪 2024〜臥薪寮の消失〜

年月を経るとさまざまなことが変わっていく。

環境も変われば、自分も変わる。

自分が変わることのひとつに、過去の記憶が薄れていくことがある。

もちろん忘れられないこともたくさんある。

たとえばぼくが浪人時代、名古屋で過ごした一年間。

時計じかけの闇にひそんで何度も聞いた爆音のケイト・ブッシュ、ジョイ・ディビジョン、エリオット・マーフィー。

その一方で、細かいディテールはどんどん失われていく。

思い出そうとその場所を訪れようとしても、すでにその場所は失われてしまっている。

失われた時間と同様に。

 

久しぶりに名古屋を訪れた。

5日間の出張で、仕事先は東山線の終点からバスで30分ほどのところだった。

帰り際、東山線で名古屋駅に向かう道すがら、ふと思い立って上社駅で降りた。

1986年、昭和61年。

ぼくが浪人時代に住んでいた予備校の寮、河合塾臥薪寮はちょうど一社と上社の中間にある。

東山線が地下から地上に出ると、まっさきに左側にあらわれてくるのが臥薪寮だった。

 

上社駅で降り、スーツケースを引っぱって高架線沿いを歩く。

途中、陸橋で高速道路を横切る。Img_4476

高速道路、当時はあったのだろうか。憶えていない。

10分ほど歩くと、やがて見知った坂道の一帯にたどり着いた。

Img_4484

臥薪寮は、もうどこにも見あたらなかった。

寮のあった場所はマンションが建ち、敷地の一部は分割されたのだろうか、個人住宅になっていた。

ぼくは裏手の道路に面した部屋に入居してて、そこから道路をはさんで迎え側にはラブホテルが建っていた。

そのラブホテルもなくなっていて、代わりに瀟洒なマンションが建っていた。

Img_4489

有刺鉄線で入寮者の脱走を阻んでいた高い塀も、もちろんなくなっていた。Img_4488

寮の向かい側の公園には、近所のマンションの住人だろう、若い母親と子どもたちの声があふれていた。

すさんだ雰囲気の予備校の寮とラブホテルが並ぶ場末の空気は、どこにもなくなっていた。

 

ぼくはしばらく行ったり来たりして写真を撮り、少しでも当時の面影を思い出そうとした。けどまったく雰囲気の変わったその一帯から、当時の空気を思い出すのは困難だった。

うろうろしているとマンションの住人らしき母親にうさんくさそうな目で見られ始め、ぼくはいごこちが悪くなってその場を立ち去った。

当時と同じ空、昭和61年と同じ強烈な太陽。

でもそこには高層マンションが、はじめからそこにあったかのように立っているだけだった。Img_4499

巨大な西日が、冬だというのに真夏のような日射しを投げかけていた。

Img_4497

 

自分のブログの過去記事を引っ張り出してみる。

ナゴヤ再訪: カオルとぼくと仲間たち

ちょうど20年前。2004年の記事だ。

そのころにはまだ臥薪寮の建物は残っていた。

過去記事には、寮の面会室の公衆電話、疑いに満ちた目をした初老の寮長、狭い寮の部屋のことが書いてある。

でも、過去記事を読み返してもそういった風景はもうよみがえらない。

記憶をたどっても、そこはがらんとして何もない。

 

でも、当時の感情はまだ残っている。

孤独と空腹、自由と不安。

なけなしの小銭でロック喫茶「時計じかけ」にこもっていた日々。

高校の教師を見返すために机にかじりついて解いていた問題集。

蹉跌と涙。

日々は戻らないが、夢と感情はまだここにある。

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2023年12月21日 (木)

さよなら名古屋シネマテーク

名古屋シネマテークが閉館した。

http://cineaste.jp/

上記リンクはいずれ死んでしまうと思われるため、スクリーンショットを撮っておく。

 

Photo_20231221164901 

スクショの掲載が著作権のたぐいに触れるようであればコメントにて指摘していただきたい。

 

記事に寄れば、閉館は2023年(今年だ)の7月23日。

閉館の理由は、赤字の拡大。

徐々に赤字が増し、2020年3月時点で危険水域に。

政府や行政の支援があって何とか継続していたが、2022年に政府・行政の支援がなくなったのが契機となり、閉館に至ったとのこと。

最後の上映は、原一男監督作品集だったようだ。

「ゆきゆきて、神軍」など、世相をえぐるドキュメンタリーを撮り続けた監督だ。

シネマテークらしい最後だった。

 

ぼくが名古屋で浪人していた1986年(昭和61年)、今池には今池文化と呼べる何かがあったように思う。

シネマテークでは実験的な映画が来る日も来る日も上映されていた。

成瀬巳喜男も小津安二郎もゴダールもルイス・ブニュエルも「愛の嵐」も、みんなシネマテークで初めて観た。

近くにはウニタ書房があって、アンダーグラウンドな香りの書籍がたくさん並んでいた。

バタイユの本をドキドキしながら買ったのを憶えている。

ロック喫茶「時計じかけ」、ライブハウス「ハックフィン」。

今池地下のピンク映画館。

当時、あの界隈には革ジャンに鋲を打った金髪モヒカンのパンクスもふつうに歩いていたし、路地裏には職業のよく分からない人たちがたむろしていた。

田舎から出てきたの浪人生の思い込みかも知れないが、街全体に猥雑なエネルギーがあったように思う。

 

シネマテークがなくなってしまうのは、とてもさびしい。

名古屋を離れてもう数十年が経つけれど、出張で名古屋を訪れる際には時間を取ってシネマテークに行くようにしていた。

あのちいさな映画館がもうないのは、あのころの今池がもうなくなってしまったようで、とても寂しい。

 

今池の街を歩く。今池交差点のあたりの風景も、すっかり変わってしまった。路地裏を歩いても、時計じかけへの道順ですらもうよく憶えていない。

それでも自分の原点の一つが、自分の中のたいせつな何かの残滓がまだあそこに落ちているような気がする。

やり場のない思いを抱え、予備校の寮を抜け出して深夜徘徊していたあのころの残滓が。

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2023年12月18日 (月)

T字路sを聞きながら

T字路s、いいですね。

最近はまっています。

ドスのきいたしゃがれ声の女性ボーカルはとても元気が良くて、聞いてて気持ちがいい。

フルアコのギターをかき鳴らし、声を張り上げて歌を歌う。

ウッドベースは転がるように弾むように、ゴキゲンなビートをかき鳴らす。

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もともとこのT字路s、ぼくはストリート・スライダーズの「野良犬にさえなれない」のカバーをYouTubeで聞いて知った。もう大分前になる。

おもしろいディオがあらわれたな、と思っていたらあっという間にぐんぐん伸びて、NHKのみんなのうたに出たり映画のサウンドトラックを担当したり、八面六臂の大活躍。

フェスでもあちこちで見られるようになった。

服装もセッティングもサウンドも1930年代っぽいスタイル、でもあざとい感じはまったくなくて、自然で彼らのサウンドにとても似合っている。

なんかね、元気が出るんだよ。

コーヒーを淹れながら「泪橋」とか聞いていると、なんかこう、あしたもがんばろうって気持ちになるんだよね。

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2023年12月17日 (日)

冬か真冬か〜バーンアウトまであと何マイル

どうも天気がはっきりしない。
12月中旬だというのに、きのうは20度まで気温が上がり、まるで9月のような爽やかな一日だった。
かと思うときょうは一転して雪模様。
ううむ、地球温暖化。

Dscf2944 ぼくははあいかわらずボチボチやっています。
仕事はガチで余裕なし。出勤7時、退勤20時。休日は月に3日あればよし。
それでも仕事が終わらない。
いちおう管理職っぽいポジションなので残業代なし。
やってもやっても仕事が終わらない。
もうちょっと余裕がなくなるとバーンアウトするんじゃないかっていうボーダーラインが、視界に入ってきています。

きょうは久しぶりの休日。
仕事を断ったりあちこち調整して、何とかこの土日は休みを確保することができた。
休みは空から降りてくるものではなく、自分で勝ち取るもの。
ほかのだれかに仕事を振ってイヤな顔をされたり、よそからの仕事を断ったりもしているけれど、自分が潰れるよりはマシ。
そう割り切ってはいるけれど、でもやっぱり頼まれたことを断るのって勇気が要りますね。

自分を活かして他人を活かせ。
AAで良く聞くフレーズだけど、実践するのはほんとうにたいへんです。

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2023年12月 6日 (水)

12ステップ—生きづらさを越えて行け—

AAをはじめとした依存症界隈ではここ最近、生きづらさと言う言葉をよく見聞きする。

アディクションは生きづらさのあらわれ。

生きづらさの自己治療としての依存症。

そのとおりなんだけど、カオル的にはこの「生きづらさ」という言葉に、なんだかいごこちの悪さを感じる。

そうだね、たしかにぼくも生きづらかったです。

飲んでいたころは自殺も考えたし、日々が苦しくて苦しくてたまらなかった。

その苦しさの原因が自分だとこころの底では分かっているからこそ、とても苦しかった。

でもその苦しさはぼくにとって、とてもリアルだった。

形も見えず名前も付けられず、でもぼくの胸の中に24時間居すわり、うずき続けていた苦しさ。

それは、生き「づらい」というより、生きていけなかった、生きることも死ぬこともできない苦しさだった。

目の前の圧倒的な現実、自分を押しつぶそうとする世界から逃れるために酒を飲み、ブラックアウトした。

車がぶつかる瞬間、ギュッと目をつぶる人のように。

そしてそれが、何日も何日も、何年も何年も続いた。

ぼくは病み続けた。

 

専門家は「生きづらさ」という表現を使う。

それはそれでかまわない。

でもぼくは、AAでいう「霊的に病んでいる」という表現がピッタリくる。

ぼくは魂が病んでいた。魂が病み疲れ、死んでいた。

それを助けてくれたのが、助かる道を照らしてくれたのがAAと12ステップだった。

 

12ステップは希望のプログラムだ。

死の谷に滑り落ちるアルコホリクを助け、進む道を照らしてくれる。

生きづらかったかといえばそのとおり、ぼくは生きづらかったし、同時に死にづらかった。

前に進むこともうしろに引き返すこともできなかった。

その泥沼を生きて越えて行くことができたのは、AAのおかげだ。

生きづらさという言葉は、どこか自己正当化の匂いがする。ような気がする。

生きづらかろうが死にづらかろうが、ぼくたちはその谷を越えていくんだ。

 

 

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2023年12月 5日 (火)

祝!ココログ20周年!

2023年12月3日でココログが20周年を迎えたそうです。

 

おかげさまで「ココログ」は20周年を迎えました- お知らせココログ-@nifty

 

パチパチパチパチ!

このブログが始まったのが、2004年5月23日。

ニフティがココログのサービスを始めて半年弱経ってから立ち上げたことになりますね。

やー、当ブログももうすぐ20年。いろいろありました。

住むところも変われば業務も変わったし、ほんといろいろ。歳もしっかり取りました。ブログの更新頻度もめっきり減りました。

でも、変わるものもあれば変わらないものもある。

あいかわらずAAと12ステップはぼくの心の柱だし、ロックもジョグもギターも、下手なりに続けている。

何よりも、なんとか生き延びているだけでもありがたいことです。

これからも皆さま、よろしくお願いいたします。
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写真は長野県某所の日の出です。


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2023年11月30日 (木)

復活のストリート・スライダーズ、夢のような一日

ストリート・スライダーズが復活した。

ぼくにとっては今年いちばんのニュースだ。

ニュースサイトで第一報を見たときは、目を疑った。

メンバーそれぞれが自分の道を進み、再結成は二度とないものと思っていた。

ハリーと蘭丸はときどきJOY-POPS名義でライブを行い、スライダーズの曲を演奏していた。

でもそれはどこか、ストリート・スライダーズという夢のなごりのように思えた。

でも今回はちがう。

スライダーズの4人が集まり、また演奏するのだ。

 

アナウンスがあってから、SONYのスライダーズのwebサイトにはライブの告知、物販の案内などが次々とアップされた。

夢じゃない。スライダーズが復活する。

 

2023年5月3日。水曜日。

ぼくは日本武道館にいた。

道順が分からず、JRの御茶ノ水駅から延々と歩く。

よく晴れた5月の午後。

武道館に続く坂道を上るにつれ、同じ方向に向かう、いかにもそれらしいロックファッションの人たちが増え始める。

ブラック・ジーンズ、腰にペイズリー柄のバンダナ。背中にペイントの入ったレザージャケット。ブーツ。缶バッジ。逆立てた髪。サングラス。じゃらじゃらしたアクセサリー。スライダーズのTシャツとタイトなブラックスーツ。

ほとんどは50代から60代だ。白髪と皺。でも何も変わらないファッションで、彼らはスライダーズのライブへと向かっている。

仲間といっしょの人もいれば、一人で黙々と歩いている人もいる。

80年代、90年代を生き延びてきた人たち。

ぼくは彼らを抱きしめたくなる。

 

チケットはもちろん、ソールドアウト。

ぼくも一時抽選ではチケットが買えず、機材席開放追加チケットをやっとゲットできた。

早めに会場に着いたので物販に立ち寄ったが、Tシャツ類は半分以上がソールドアウト。

会場が開く前にもかかわらず、大勢の人びとが詰めかけている。

みな不安と興奮を押し隠した表情で、落ち着かない様子だ。

会場がオープンし、無数の人びとが武道館の階段を上がっていく。どこまでも途切れないロックファッションの人波が上っていく。

 

そしてライトが落ち、ライブが始まった。

ダウンテンポのチャンドラーが一曲目。

絡みあう二つのギター。粘るビート。ギターとは対照的にタイトで正確なドラムとベース。

腰だめにギターをかまえる蘭丸。ハスキーなハリーのボーカル。

まさに唯一無二、ストリート・スライダーズのサウンド。

彼らが2023年のいま、ステージに立って名曲の数々を演奏していることが信じられない。これは夢じゃないだろうか。

気がつくとまわりが歌っている。自分も歌っている。

ここ10年ほどは聴いてない曲もあるのに、ふしぎなことに、歌詞もメロディーもぜんぶ憶えている。

 

エンジェルダスターやペースメーカーを聞いているうちに、数十年の時間が一瞬で吹っ飛ぶ。

ヘッドフォンを耳に押しあて、繰り返し繰り返しスライダーズを聞き続けていたころにタイムスリップする。

感情が高ぶり、ありったけのコインを聞いているうちに涙がこぼれそうになる。

 

アンコールも含め17曲。

たっぷり2時間のステージだったにもかかわらず、夢のようにあっという間の時間だった。ライブがこんなに短く感じられたのは生まれて初めてだった。

 

アンコールのあと、立ち去りきれず声援を繰り返すファンたち。

もうこれでスライダーズの4人には会えないのか。

と、客電がつくと同時にステージの四方に巨大な垂れ幕がぶら下がった。

「ザ・ストリート・スライダーズ 秋 ツアーやるゼィ!」

やられたね。

 

会場の外に出ると同時に、秋のツアーの先行チケット販売のチラシが。

発売開始は終演わずか30分後。急いでチケットを取るしかない。

人波に押されて駅に向かいながら、ふと後ろを振り返ると、武道館の上に満月がかかっていた。

完璧なライブ、完璧な一日。

夢のような日が、もう少し続きそうだ。

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2023年11月29日 (水)

出張続きよ、おっかさん

またしてもごぶさたしてしまいました。

気がつけば2023年ももうおしまい。

あと1ヶ月足らずです。

体感的にはまだ2月か3月くらい。年頭にやりたかったこと、計画したことがゼンゼンできてないまま今年が終わろうとしています。

ひーん。

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9月からは怒濤の出張ラッシュ。出張、出張、また出張。

この記事も出張途中の東海道新幹線の車中で書いています。

最初は新幹線に乗るのもホテルに泊まるのも楽しかったんですが、こうも続くとずっしりと疲労がたまるばかりです。

出張先で会議のプレゼンをするため、その資料作成労力も膨大。

どの町に行ってどのホテルに泊まってどんなプレゼンをしたのかも、ただ通り過ぎるだけ。

ひーん。

 

まあ、出張ラッシュも1月で一段落するので、そこからまた通常ペースに戻しましょう。

しかし休日がほとんどないのはつらいですね。

放っておくと予定がどんどん埋まって休日がゼロになるので、不退転の決意で月に1,2日は休日を確保するようにしています。

会議だか懇親会なんだか分かんないようなイベントが多すぎなんだよね。

○○懇話会とか。なんだよ懇話会って。意味分からんぞ。ブツブツ。

働き過ぎとかカローシとかの単語はまったく縁がなかったけど、最近は「メンタルがヤバいな」というラインを行ったり来たりしている気がします。

仕事の量を自分でコントロールするのは難しいけれど、自分を守れるのは自分だけ。

仕事を断って評価が下がっても、メンタルやられるよりはずっとマシです。

 

変えられるものを変える勇気を。

変えられないものを受け入れる落ち着きを。

そして二つのものを見分ける賢さを。

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2023年9月24日 (日)

夏の終わり、秋のはじまり

暑い夏もいよいよ終わり。

それにしても今年の夏は暑かった。8月はじめから9月中旬まで30度超えの日々が続いた。

地球温暖化はものすごいスピードで進んでいるけれど、それはともかく。

ここ2日ほどは一気に肌寒くなり、あわてて上着を引っ張り出すはめに。

上着を出してくると、なんだか今年ももう後残り少ないような気持ちになってくる。

それは真実で、ことしも残すところあと3ヶ月。

日々の些事に翻弄されているうちに、あっという間に一年が終わる。

 

実はこの1週間ばかり、手術で入院していた。

経過は問題なく、予定より1日早く退院。

退院したとたんに、夏の風景は一気に秋に変わっていた。

気持ちのいい秋の雲。Dscf6084

 

酒が止まってもうすぐ22年。

何も変わっていない気もするし、すべてが大きく変わった気もする。

でもいまのところぼくは生きている。

生きて、非依存症者と同じように仕事をし、病気になったり治ったりしている。

これもまた恵みですね。

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2023年8月 8日 (火)

スパムコメントとの闘いは続くよ

ブログを再開して困ったのが、スパムコメントの多さである。
多い。とにかく多い。
少ない日で1日3,4通。多い日は10通前後。
以前に書いたナルメフェンの記事に多いようだ。
全部のスパムコメントが、怪しいサイトに誘導する英語コメントである。
当然削除である。
削除するんだけど、毎日毎日削除作業をするのが面倒である。
で、ココログの設定で「海外IPのコメント投稿」を禁止することもできる。
これをオンにすると、たいがいの海外スパムコメントは消える。
しかし、そうすると今度は私、カオルのコメントがなぜか海外IP認定を受けて、投稿不可になる。
まがうことなき日本国内から投稿しているにもかかわらずである。なんでだー。
まあ自分のコメントだけならいいんだけど、でもほかにも日本国内からコメントがはじかれるかも知れないと思うと、なかなかこの項目をオンにすることができない。
結果、日々大量のスパムコメント消去作業に追われることになる。
運営元のニフティの方は、とくに動く気配なし。
ていうか、ブームが下火になっているブログをまだ運営してくれているだけでも御の字か。
と言うわけで、まだまだスパムコメントとの闘いは続きそうです。
こまったこまった。

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2023年8月 2日 (水)

朝活デビュー

それにしても暑い。暑すぎる。
温暖化対策推進法とかどーなっているのか。
サッパリ効果が現れておらんではないか。え。

と問い詰めてみてもしかたがないので、近況報告をします。
最近の自分的な流行りは、朝活です。
就寝21時。起床4時。
少し筋トレや家事なんかをして、小一時間ジョギング。
シャワーを浴びコーヒーを淹れて妻と朝食を食べて、7時半には出勤。
早めに業務に取りかかり、8時半には一段落。

これがなかなか良いペースなんです。
朝の4時半くらいだと道路も空いててジョギングもしやすいし、何よりもゆっくり朝焼けが始まる中を走るのは気持ちがいい。
ジョギング後に時間が余るようなら少しギターを弾いたり、本を読んだり。
朝活、なかなか良いです。

難点は、夜眠くなるのが早いこと。
イベントや会合が遅くなるともう眠くてしかたがない。
そういう時は翌日の朝活を止めるんだけど、これがちょっと悔しい感じです。
それ以外はとくに不都合なし。

早寝早起き、いい感じです。
しかし暑いね。。。。

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2023年8月 1日 (火)

地球温暖化とロックフェス(続き)

温暖化とロックフェスの話の続きです。
で、昨年2022年はサマソニにも出かけた。こちらは1日目のみの参加。
ただし、ちょっと気張ってプラチナチケットを購入した。
プラチナチケットと言うのは、一般チケットより価格が高いけど、さまざまな恩恵が得られるというもの。
具体的にはこんな感じ。
・ステージ前方の専用ビューイングエリアで鑑賞可能
・専用の休憩所(ラウンジ)
・専用クローク
・グッズ販売専用レーン
・専用トイレ
・専用シャトルバス
ほかにもウェルカムドリンクがついたはずだけど、記憶なし。ふつうのペットボトルのミネラルウォーターだった気がする。

で、これがめちゃくちゃ快適だった。
たとえばグッズ販売専用レーン。
フジもサマソニもロックフェスのグッズ購入は長蛇の列なので、ふつうは購入するだけで1時間コース。もちろんその間はライブ鑑賞ができないし、炎天下に物販レーンに並ぶのは相当の体力を消費する。よほど気にいったアーティストでもない限りは並ばないのが自分のスタイルだった。
が、プラチナチケット専用レーンを使えば、待ち時間はほぼゼロ。つまり、体力も消費しないし時間も節約できるし、「ちょっとグッズを見るだけ」という立ち寄り方もできる。

そして専用ビューイングエリア。
これも、ライブ開始の割と直前でも最前列付近で鑑賞することができる。各ステージの入退場の混雑に巻き込まれない(専用レーンでさっと出入りできる)ので移動がものすごく楽。
専用ラウンジは、まあふつうの椅子とテーブルがあるだけなんだけど、相席で良ければだいたいいつでも椅子に座れる。
要は、非常に快適度が高いのである。

そしてフジロックとの最大の相違点。
それは、基本的に屋内のフェスであり、日差しから逃れられること、そして空調が聞いていることである。
ここにきて、フジとサマソニの立ち位置が逆転した。
今までは、サマソニは酷暑のスタジアムエリア、そしてすし詰めのモッシュピットの屋内ステージかという、非常に体力を使うフェスというイメージだった。
一方のフジロックは、オーガニックでピースフル、自然に抱かれた涼やかなフェスであった。
しかし地球温暖化によって気温はどんどん上昇し、いまやフジもサマソニも昼間は常に30度を超す酷暑が前提となった。
そうなるとエアコンの効いた屋内フェスのサマソニの方が、はるかに身体に優しいのである。
すくなくとも2022年フジロック初日および2日目は、少ない日陰に人びとが殺到し、それ以外の人は日なたにあふれていた。寒さや雨風なら装備でしのげるが、暑さだけはどうしようもない。

フジとサマソニの立ち位置が逆転しつつある今後、フジロックはどうなるのか。
開催時期をずらす、開催場所を変更するなどの対処もあるだろう。
あるいは不便も楽しむアウトドアフェスのコンセプトの一環に暑さも加わっただけと考え、このままで行くのかも知れない。
50も半ばを超えた自分としては、サマソニを中心に考えざるを得ないというのが実感である。

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2023年7月31日 (月)

地球温暖化とロックフェス〜2022年7月、苗場でワシも考えた〜

昨年7月、FUJI ROCK FESTIVALに行ってきた。
早割りで3日通し券も手に入れた。P1駐車場もゲットした。
宿も確保し装備も万端。ゴアテックスのレインウェアもトレッキングブーツもアウトドアチェアも、食料も水分もすべて抜かりなし。
問題なく3日間の苗場を満喫する予定であった。
が。
あえなく2日目のお昼で退却。フジロックを楽しめたのは、実質1日目と2日目の午前までだった。

原因は、酷暑である。
10年ほど前、7月下旬の苗場は爽やかな気候であった。
もちろん快晴なら日焼けするし、はしゃげば汗だくになる。
しかし、直射光を避けなければならないほどではなかった。
2022年7月の苗場。
ステージ転換の間、モッシュピットにいる人数は決して多くない。
みな日差しを避けているのだ。
そして数少ない日陰に、多くのオーディエンスが固まっている。

グリーン後方斜面の日陰はハイキングシートとアウトドアチェアで埋まり、例年ならアウトドアチェアが並ぶグリーン後方、通路より前のエリアは明らかに人が少ない。
それでもグリーン後方はまだ日陰に恵まれている方だ。
ホワイト、ヘブン、オレンジ近辺には日陰がない。
わずかな木陰には人が固まり、よほどのラッキーがなければ腰を下ろすことはできない。

ステージ転換の間にモッシュピットエリアにいると、それだけで暑さと日光で体力が奪われていく。つばの大きなサファリハットをかぶっていようが、じりじりと身体に熱がたまっていく。
ポカリ、麦茶などさまざまな水分を用意したが、どれだけ飲んでも身体にみるみる疲労度がたまっていくのが分かる。

かつてのように、草むらに寝ころんで太陽の日差しをまぶたに感じるなどと悠長なことをしている余裕はまったくなかった。

五十代半ばのワタクシ。
これ以上無理をすれば確実に体調を崩すことを確信。
2日目のお昼で苗場を撤退した。
後悔していないといえば嘘になるが、でも無理にあの場にとどまっていても楽しめなかっただろう。
同行した妻には悪いことをした。

地球温暖化は確実に進んでいる。

そのせいで、もはや7月下旬の苗場は快適にアウトドアフェスティバルを楽しめる環境ではなくなった。
体感的には、サマーソニックのいちばん暑さのひどいときのスタジアムスタンディングエリアくらいの感じである。

今年2023年のフジロックは矢沢永吉にフー・ファイターズと、かなりおもしろいラインナップだった。が、参加はハナからあきらめていた。

どんなに素晴らしいラインナップだろうと、快適に楽しめる環境あってこそである。
酷暑環境が前提となれば、日中の参加はあきらめて日没後から会場入りするなどの対策が必要だろう。
気温が30度を超えるアウトドアに十数時間とどまるというのは、アラフィフはもとより、若い年代にとってもかなりリスクの高い行動である。

いまの苗場は、10年前の苗場ではない。

さわやかな高原のフェスではなく、酷暑と体力のバランスを考えた参加の仕方を考える必要がある。
この項つづく。

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2023年7月29日 (土)

2023年7月のお久しぶり

時が経つのは早いもので、あっという間に時間が過ぎ去ってしまいました。
皆さま、お元気でお過ごしでしょうか。
ぼくは…何とか元気です。

ブログを更新していなかった間に起こったできごと。
・家を建てました。
・去年はフジロックとサマソニに参加しました。
・今年はロックフェスには行けないです。グスン。
・仕事は山あり谷ありです。というか谷ばかりでしょっちゅう行き詰まります。でもそれもまた恵みですね。
・体調を崩して入院しました。もう若くないのでホメオスタシスは少しずつ崩れています。仕方がありません。その時々にできることをやるだけです。
・去年はハーフマラソンに1回だけ参加しました。タイムは散々ですが完走できただけでも御の字です。
・AAは、古巣のホームグループに舞い戻りました。ぼくがアルコホリズムに飲み込まれずに済んだのは、このグループにいたおかげです。いまは月に1回くらいの参加が精いっぱい。でも仲間って、AAミーティングて良いなっていまでも参加するたびに思います。
ギターは相変わらず上達しません。30年以上弾いててもこの程度です。でも良いんです。生きて音楽を奏でて、仲間と居場所があれば、そして五体満足なら、それ以上の何を望むというのでしょう。

こんな感じです。
ほかにも細かいことはいろいろあります。鉄瓶で沸かした湯冷ましを朝飲むと美味しいとか、フィルムカメラはもう現像にお金がかかりすぎて無理だなとか、いまの業務はしんどすぎて笑っちゃうくらいだとか、いろいろなことがさまざまに。
その辺のことは、ま、これからボチボチ。
よろしくお願いします。

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